利尻島の「島の駅」
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長崎県五島列島の北に小値賀島(おぢかじま)・野崎島など17の島がある。
それらの島は小値賀町に属しているのだが、そのマスコットキャラクターが「ちかまるくん」だ。
アイランダー2007で会った。愛らしいためか、子供たちになかなかの人気。
どうやら縁があるようで、偶然、抽選に当たったぬいぐるみ。
「おぢか」とみんなの距離が、もっと「近まる」ように!という想いがこめられているという。
小値賀町の「町の獣」で、野崎島に棲んでいる「九州鹿」がモチーフになっている。
地域のマスコットキャラクターは全国各地に結構たくさんあるが、人気が出るのはごく一部だ。
最近では、国宝・彦根城築城400年祭キャラクターの「ひこにゃん」が人気。
この可愛らしい「ちかまるくん」をもっと知りたい人は、こちらのサイトへ。
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五島列島の福江島、その西北部は旧三井楽町(現在は、五島市)。
そこはかつて、中国へ渡航する遣唐使船の最後の碇泊地であった。
(写真は遣唐使船を模した展望台。旧三井楽町で撮影。)
(写真は、遣唐(使)船と三井楽について書かれた看板。)
(白良ケ浜万葉公園にある。)
また、福江島(旧三井楽町)には、「遣唐使ふるさと館」もある。
「遣唐使ふるさと館」では、遣唐使の歴史などにふれることができる。
施設の中には「万葉シアター」があり、シアターでは”三井楽町の柏崎が遣唐使の日本最後の地であったという史実をもとに制作された映像”を見ることが出来る。
ちなみに、この施設、長崎県初の離島の「道の駅」となっている。
写真は、高台から島から東シナ海を望む。
写真は、遣唐使船寄港地の碑。
遣唐使の時代、東シナ海への船出は、「もう日本には戻れないかもしれない。」という覚悟がいったに違いない。
その様子を想像しながらその地に立った。
ちょどその時、吹き飛ばされそうなほど風が強かったこともあるのだが、いまにも大海原に飲み込まれそうな気がして足がすくんだ。
もう、何年も前のことだが、ちょうど子供が日暮れに迷子になってしまったような不安、その感覚を、この写真を見ていると、今でも思い起こすことが出来るから不思議だ。
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愛知県南知多町日間賀島(ひまかじま)。
愛知県の知多半島の先にある師崎(南知多町)から2.4kmと至近距離にある。
「名古屋から一番近い島」などと呼ばれている。
タコ料理やふぐ料理で知られる。
まずは、タコ料理で知られるようになり、その後、ふぐ料理で全国的に有名になった。
とらふぐの水揚量の全国一位は実は愛知県である。(全国漁獲量の約25%を占めている。)
だが、以前はそのうちの約85%が下関、大阪、並びに東京などに出荷され、地元の愛知県には約15%しか出回っていなかった。
そこで、その「とらふぐ」を島の郷土料理として味わってもらおうということになった。
ふぐ取り扱い旅館が、当初は1軒だけだったが、現在では旅館が16軒、民宿も50軒まで増え、まさにふぐ料理の島となった。
そのことから、漁業を活かした離島観光の成功事例としても知られている。
島のマンホールの蓋もタコとふぐだ。
日間賀島観光協会のページから観光会員の登録ができる。
島は海に囲まれている、だから島。
島の恵みは、まだまだ海にたくさん眠っているようだ。
写真は、下関で撮影したふぐのモニュメント。
実は、下関と日間賀島、ふぐでつながっているのだ。
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NHKの土曜ドラマ「ジャッジ」が10月6日(土)から放送されるようだ。(全部で5回)
ロケ撮影は奄美大島と大阪で2007年6月から8月にかけて行われたらしい。
ドラマの舞台は鹿児島県の南に浮かぶ架空の島「大美島」
そのロケ地が奄美大島。
あげーのしま 奄美というブログにロケ撮影の現地の様子が紹介されていた。
このブログによると
奄美大島は瀬戸内町の久根津(くねつ)、嘉鉄(かてつ)、清水(せいすい)などの集落、
それから鹿児島県の合同庁舎などでロケ撮影を行っていたらしい。
以前、ダイビングで奄美大島に行ったとき、その瀬戸内町を歩いた。
写真は、奄美大島の古仁屋港から大島海峡をはさんだ対岸の加計呂麻島に渡る船から撮影したもの。
こちらは、古仁屋港の近くで撮影したもの。
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南極大陸のオングル島
映画「南極物語」の舞台になった昭和基地がある。
(映画のロケは、北極のカナダ領、コーンウォリス島のリゾリュートにオープンセットで行われた。)
WEBカメラでその昭和基地からのリアルタイム映像をみることができる。
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サンゴの白化現象。
石垣島の白保だけでなく、各地で白化現象が進行している。
海守のブログには、「広範囲にわたって白化現象が進行していることは明らかで、一刻も早い原因究明が必要です。」とある。
また、「白化現象によるサンゴ大量死の原因は、海水温上昇や海へ流れ出る土砂の影響などが有力視されていますが、詳しいメカニズムは不明・・・」だという。(海守のブログより)
ドキュメンタリー映画の「不都合な真実」
そのDVD特典映像で、ゴア前大統領(短期間だが大統領に当選。そういえば、ダイアナ妃の事件のように不可解な選挙だった・・・・。)が、白化現象の原因の一つが海水の酸化だと話していた。
なにしろ、二酸化炭素による海水温の上昇の影響も大きいが、二酸化炭素が海水に溶け込むことによって海水が酸化し、カニや貝、そしてサンゴなども生きていくことが難しくなるらしい。
このことは、映画「不都合な真実」の公開以後に明らかになったという。(だから、特典映像のインタビューでゴア氏が話していた。)
この問題は、ダイビングで海に潜るので関心をもっていたが、好物のホタテ、ミル貝、牡蠣など、貝類、それからカニにも影響があるのか・・・。
ちなみに、映画「不都合な真実」では、海水温の上昇により、2050年にはサンゴ礁が壊滅的な状況になる可能性があるとも説明していた。
また、映画の中で、意味深な例え話があった。
「熱いお湯に飛び込んだ蛙は驚いてお湯から飛び出すが、徐々に暖まっていくぬるま湯にいる蛙は助け出さないと気づかずにそのまま茹だってしまう。」らしい。
人と蛙を重ねていた。
そして、蛙のように陸に上がれないサンゴ。
その白化現象(死)をサンゴが自ら止めることは、突然変異でもしない限りはできないに違いなく・・・・。
渡嘉敷島で撮影したサンゴ礁。
こちらは、お気に入りの場所、渡嘉敷島の阿波連ビーチ。
エメラルドの海、色の濃いところは、岩が集まっていたり、サンゴがあったり。
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島原半島から天草へ船で渡ると、そこは天草下島。
その天草下島の苓北町には、変わった形の岩があり、その形から、「おっぱい岩」と名付けられている。
(天草下島で撮影)
この岩を見たとき、ある大学教授と一緒だった。
その教授は、驚きながら大きな声で私に
「絶対おかしい。これ、だれかが作ったんだ。」といった。
私も、「ほんと不思議ですよね。でも、自然にできたんじゃないですか?でも、どうしたら、あんな形になるんでしょうか?」と答えると、
教授はやはり、「いや、誰かがどこかで作って運んだんだ。」と繰り返し言った。
そして、「それか、夜にこっそり来て、彫ったのか。いや、潮の満ち干があるな。やっぱり、作って運んだんのかな・・・」などと、悩み始められた。
(写真は、側面から撮影。人の背ほどの高さがあり、この岩を運ぶのはなかなか大変である。)
私も、「なんか変ですよね。でも、道路に、”おっぱい岩”と標識もあったし、NHKの「地域の宝」とかいった番組でも放送してましたから、自然の造形物ではないかな。」
「でももし、誰かがいたずらとか、話題づくり、島おこしのためなどで、そっと仕掛けたのなら、ちょっとがっかりですね」
「なんだろう、いったい・・・。」
などと、会話が続いた。
たぶん(もちろん)、人工的に作られたのではない思う。
しかしながら、とにもかくにも、不思議な岩。
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映画「ウォーターーワールド」は地球温暖化によって海面の水位が上昇し、ほとんどの陸地が地球から消滅してしまうというSFタッチのアクション映画だが、どこかリアリティーがある。
(写真は、ロサンゼルスのウォーターワールドのアトラクションで撮影。映画のなかの人類の子孫たち、陸地がなくなった地球で、この写真のような要塞を築いて生活していた。)
地球から陸地がほとんどなくなって、人間が突然変異して両棲人間が誕生している。
(海で生まれ海で育つうちに、突然変異がおこって、耳の後ろにエラがあり、水中でも呼吸でき、足の指も水かきのようになっている、それが両棲人間だ。)
真水がないために、小便を濾過した後に、それをまた飲み、残りを小さなプランターにやったりしている。
また、着るものもぼろぼろで、食べ物もほとんどない。
陸地がなければ、真水もなく、したがって、植物も育たないわけで、そうなると生活はこうなるのだろう。
「祖先が地球をこんなにした」などと我々の子孫(まだ両棲人間に進化していない人間たち)は怒りをあらわに叫んでいる。
ところで、この映画は1995年のものだが、その後2000年にツバルは国民の海外移住を決断した。ツバルの島々などはまさに水没の危機にあるのである。
ツバルは9の珊瑚島からなる国。面積は約25.9k㎡。2006年の人口は9,652人。
ずいぶん前から、ツバルでは海面上昇が問題になっていたが、それがいよいよ島民の生活に直接的に影響を及ぼし始めた。
海面上昇によって陸地が減って住めなくなった人々。まさに環境難民である。
ツバル政府はオーストラリアとニュージーランドに移民受入を要請したが、オーストラリアはそれを拒否し、ニュージーランドへの移住もすすんでいないようだ。
陸地がないとどういうことになるのか。
今、小さな島々からSOSが発信されている。
(写真は、アメリカ西海岸の上空で撮影した陸と海の境界。)
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映画「家族」(山田洋次監督)の一家のふるさとは長崎県の伊王島。
ちなみに、家族はクリスチャン(カトリック)であり、炭坑の閉山などの事情もあって島を後にする。
家族は北海道での開拓を夢見て、長崎県伊王島から北海道中標津に移り住むために、高度成長に沸く日本列島を南から北へ縦断する。
映画では、伊王島をはじめ、当時の日本各地の様子がよくわかる。
写真は、以前、長崎半島の西岸から長崎市に向かって撮影したもの。
たぶん、奥の方に伊王島が写っているはずである。
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マイ箸とは、自分の箸を持ち歩く、その箸。
ずっとまえ、環境関係の人に触発されてトライしたことがあるが、残念ながら長くは続かなかった。
単純に「変わりもの」と思われることがあったし、持ち歩いて食後に洗うのは一苦労だ。
でも、マイ箸、質の良い箸で食べる食事はおいしい。
「なんで、そんなのつかっているの?」
と怪訝な顔で聞かれたときには、
「割り箸はほとんどが中国の皆伐で、日本の間伐材じゃない、とかいった環境問題に加えて、割り箸は毒素が入っているよ・・・」
いろいろ理屈をつけていたのだが、どうもなりきれない。
日本の島々は高温多湿でどんどんと森林が育つが、大陸の多くの地域ではそうはいかない。
だから、環境への影響は大きい。
でも、やめてしまって久しい。
それが、最近、マイ箸を持っている人に会った。
堂々と、マイ箸を使っている。
聞くと、「割り箸から体に悪い成分がたくさん出ているよ。」などという。
マイ箸もメジャーになりつつありようだ。
マイ箸をしていた時には、同じ理屈で理論武装していた、というか、言い訳の一つにしていたのだが、どうやらこのことが一般論になってきているようだ。
「口に入れるのは食べ物だけじゃない危ない中国製割り箸」という記事を見つけた。
「割り箸を使って森を守ろう」などという専門家も多く、
日本の間伐材を活かした割り箸ならいいと思うのだが・・・・。
写真は、秋田県で撮影した世界遺産の白神山地。
(割り箸とは直接は関係ありません。)
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映画「浮雲」。成瀬巳喜男監督の代表作。
「腐れ縁」とは、離れようとしても離れられない悪縁、なかなか断ち切れない好ましくない関係、悪縁。くさり(鎖)縁といもいう。
この映画の男女はその「腐れ縁」でずっとつながっている。
だが、映画が終わりに近づく頃。
屋久島に向かう小舟で病の女、ゆき子(高峰秀子)が雨に打たれている。
そして、それを真摯にかばう男(森雅之)の姿がある。
(この映画の主人公には、男、女といういい方がよく似合う。)
この腐れ縁は、勝ち負けとか、損得とか、そういった理屈では説明できない何かが、どうもどこかに潜んでいたようだ。
映画の屋久島は国境の島で、医者もいない島。
「島流し」などという言葉を女がつかってもいる。
しかし実際は、1953年(昭和28)年12月25日に奄美群島は日本に復帰しているから、映画の撮影時には屋久島は国境の島ではなかった。
また、映画のロケ撮影は実際は伊豆で行われたそうだ。
屋久島の風景。映画のように、いまにも雨が降りそうだ。
屋久島に向かう小舟も、こんな海原にあった。
数年前に屋久島で撮影。
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映画「うみ・そら・さんごのいいつたえ」
監督は椎名誠で撮影は中村征夫(なかむらいくお)。
ロケ地は石垣島。白保地域など。
海や島が好きな人におすすめ。映像が美しい。
石垣島の「うみ」
海面あたりで何かが泳いでいる。ハリセンボンかイカ?
「そら」
マンタの上に太陽がみえる。
そして「さんご」
どれも石垣島で撮影。
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阿久悠さんの出身地は淡路島。
映画「瀬戸内少年野球団」の舞台である。
(映画のロケ地についてはこちら)
製作はYOUの会=ヘラルド・エース
YOUは阿久悠さんのYOUなのだろうか。
その阿久悠さんのテレビ特番を数年前に見て、その偉業に圧倒された。
「これも、あれも、みんな阿久悠さんだったのか。」
子供の頃に、友達とふざけて、物まねをしながら歌った懐かしい曲が次々と紹介されていた。
その阿久悠さんと仕事をご一緒したことがある。
オフィス・トゥ・ワンというプロダクションを訪問し、阿久悠さんと名刺交換をして会議を同席した。
物静かだが、なにもかも見透かされるようであり、それでいて、思いやりのあるやさしい人だった。
そして、その阿久悠さんという偉大な才能を産出した島、淡路島を訪れたのは、それから何年もしてからで、西暦2000年の淡路花博の時である。
映画「瀬戸内少年野球団」のなかで、主人公の駒子先生(夏目雅子)の夫である中井正夫(郷ひろみ)さんが、淡路島を花卉栽培によって花いっぱいにしようと夢見ていたのだが、淡路花博会場には、まさにその通りになっていた。
(写真:沖縄本島の植物園で撮影)
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この5~6年、離島を含めた地方と東京との地域格差の拡大にはただただ驚いていた。
「日本列島はどうなってしまうのだろう。この問題に対して、地方の人がいつまでも黙っているはずがない。」と2~3年前から考えていたが、ようやく今回の参議院選挙でそれが結果となって表れたようである。
この問題で、まず明らかにしなければならないのは、はたしてこの地域格差は「改革路線」による”一過性”の痛みなのか、それとも”地方切り捨て”なのかということである。
それを考えていくときに、何より困るのは、「改革路線」という言葉が辞書に載っていないあいまいな造語であること。
選挙後も、マスコミや経済団体などが、こぞって「改革路線を続けていってほしい」などというおかしな表現を続けている。
「改革路線」などという言葉はないので、それを分解してその意味を推定してみた。
1)「改革」とは
「改めかえること。改まり変わること。目的が国家の基礎に動揺を及ぼさず、方法も暴力的でない変革」(広辞苑 第5版による)
「基盤は維持しつつ、社会制度や機構・組織などをあらため変えること。 」(大辞林 第二版による)
また、2)「路線」とは
「進むべき道筋。方針。」(広辞苑 第5版による)
「始点から経過地を通り終点にいたる道路の位置を示す線。政党などの掲げる運動の方向。」(大辞林 第二版による)
そして、補足であるが
3)道筋とは
「通って行く道。通り道。物事の道理。条理。すじみち。」(広辞苑 第5版による)のことである。
とすると、「改革路線」という言葉は、
改革の目指す「方針」だけを指しているだけでなく、それに至る「道筋」を含めているとも考えられる。
今回の選挙結果は、少なくとも「改革の道筋」に修正を迫ったと捉えるのが妥当だろうし、
だとすると、”改革の方針”と”改革の道筋”を分けて説明をしないと、「改革路線を支持する」主張の意味するところがよくわからない。
日本の人口は全国的に減少し、財源も限られているのだから、
「”官から民へ”、”小さな政府を目指す”、”国から地方へ”、”地域でできることは地域へ”などという改革の方針」を選択するのは理解できるのだが、
それよって、「市場経済で解決できない地域の社会問題をどうしていくのか」、「限界集落などがどうなっていくのか」という説明と、それに至る「改革の道筋」がはっきりしないので不安になってしまう。
もし、離島を含めた地方の苦しみが「改革の道筋」のなかで、”地方切り捨て”でなく”一過性”のものであるのなら、
せめて「改革路線」などという意味不明の造語を使わずに、「改革の方針」、「改革による地方の将来像」、そして、「改革を進めていく道筋」等をしっかり分けて説明してほしい。
写真は、ある離島で撮影した蔦に覆わて朽ちた家屋。
中山間地域や離島ではよく見る風景だ。
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アラブ首長国連邦のドバイ
デベロッパー「NAKHEEL」が、
上空からみると椰子の木を模した人工の島「THE PALM JEBEL ALI」
同じく上空から見ると世界地図になっている人工の島「THE WORLD」
など4つの人工島(その他、「THE PALM DELRA」「THE PALM JUMERAHDELRA」)を開発しているようだ。
写真はNAKHEELのサイトで。
まるで博覧会場のような発想。
環境問題も含めて、これからどのような展開になるのかを長期的に見ていきたい。
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「離島に橋がかかると半島になる」のつづき話。
「離島地域を解除された後、半島地域に指定された島々」について国の方が大変親切に詳しく教えてくれた。
ちょっとややこしいのだが、それによると、
1)半島地域の指定は、昭和61年と比較的新しいため、それ以前に離島地域を解除されていた島を含めて半島地域に指定した事例が多かった。(ほとんどであった)
つまり、
昭和61年より前に橋がかかった島は、
「離島地域であった (離島)→ 架橋により離島地域でなくなった(何んでもなし) → 半島と島が一緒に半島地域になった。(半島)」
これらの島々は、おそらく架橋された本土が半島だったということだろうか。(確認中)
また、
2)半島地域は市町村ごとに指定されているため、当初から離島地域と重複して指定されている場合も多く、橋が架かった後に離島地域が解除され半島地域となった事例も多いとのことである。
つまり、
昭和61年以降に橋が架かった島は
「離島地域であった(離島) →離島地域であり半島地域になった (離島+半島)→ 橋が架かった →離島地域が解除され半島地域だけになった。(離島+半島-離島=半島)」
ということである。
これらの島々も、たぶん架橋された本土が半島だったということだろう。(確認中)
ただ、
3)離島地域を解除して半島地域に組み入れた事例が2件あった。3つの島の名前が挙がっている。
それは、
昭和61年以降に橋が架かり、架橋の時に当該市町村が半島地域でなかった島で、
「離島地域だけに指定されていた(離島) → 橋が架かった → 島が半島地域に指定された。(半島)」
ということになる。
これらは、島が半島になったということだろうか。(確認中)
(地図で確認しながら、この後、紹介したい。)
(その2に続く)
写真は、能登半島の輪島にある棚田。
ここは半島地域である。
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7月20日の今日は、海洋基本法の施行日。
内閣官房に「総合海洋政策本部」事務局が設置されたようだ。
関係者から頂いた資料と、海洋政策研究財団のブログによると、
海洋の管理に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、「海洋基本計画」が5年ごとに策定される。
また、海洋の総合管理に必要な資源の配分の方針などの重要事項を調査・審議するため、議長を内閣総理大臣、副議長を海洋政策担当大臣、その他議員を内閣官房長官、内閣総理大臣が指定する国務大臣及び学識経験者等とする「総合海洋政策会議(仮称)」が設置される。
ニュースによると、事務局には関係省庁の職員が37名。
関係省庁は、国交省、経産省、外務省、防衛省、農水省、環境省、財務省、文科省等と多岐にわたっているようだ。
基本理念も、1)海洋環境の保全、2)海洋の安全の確保、3)持続可能な開発・利用、4)科学的知見の充実、5)海洋の総合的監理、6)国際協調、と壮大なものになっている。
写真は慶良間諸島で撮影
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屋代島(周防大島)の東和町佐連(され)集落の南に浮かぶ、沖家室島(おきかむろじま)。
出稼ぎ漁の伝統があり、明治時代には、下関、佐賀、長崎などへ出漁をしていた。
(柳原一徳氏の「海から見た日本」によると、それぞれ、「馬関組」、「伊万里組」、「対馬組」などと呼ばれていたらしい。)
かむろ復刻版という書籍が販売されている。
そういった出稼ぎ漁の歴史が、ハワイ、北米、南米、台湾、など、海外への移民を多く輩出することに繋がったようで、ハワイの漁場を開拓したのは、沖家室島出身者によるところが大きいそうだ。
海へ漁に出る漁師からみると、下関、佐賀、対馬あたりは、意識の中ではそれほど遠くにあるわけでは無く、ごく近所であったのではないか。
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沖縄県の久高島。
久高島土地憲章の詳細を定めた規則が、久高島土地利用管理規則。
久高島の港の丘で撮影。
この後、島に一軒だけという、すぐ脇の食堂で地元料理をゆっくりと食べ、
すると、
宿への帰り道は、懐中電灯がないと歩けないほど真っ暗で、
まるで肝試しをしているような感じになった。
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久高島土地利用管理規則
第一条 この規則は、久高島土地憲章(以下憲章という)を円滑に実施するために、土地の利用と管理について定めるものである。
第二条 ①憲章第一条に定める字民は、土地を利用する場合、所定の書面
をもって土地管理委員会(以下委員会という)に申請しなければならない。但し、申請人がかつて字民であった者の子孫である場合にはその関係を証明する書類、申請人が法人である場合には法人登記簿などの書類を添付しなければならない。代理人による申請には委任状の添付を要する。
②憲章第一条第二項の定住期間は、継続して三年間とする。
第三条 申請人はあらかじめ希望する場所を特定して申請することはできない。
第四条 委員会はこれらの申請について、次の各種の土地に関する規定に従って審議し、決定しなければならない。承認の決定は委員の三分の二以上の賛成を要する。但し、申請に利害関係のある委員は審議・決定に加わることはできない。
①宅地
委員会は、申請人が生活の本拠とするための宅地に限り、家屋の規模や家族構成などを斟酌して、百坪を上限に許可することができる。但し、土地使用貸借契約から二年以内に着工しなければ、委員会は土地の返還を求めなければならない。
②農地
委員会は農業経営の規模などを斟酌して、三千坪を上限に許可することができる。但し、農地を五年以上放棄した者はこれを字に返還しなければならない。
③墓地
委員会は墳墓の規模などを斟酌して、十坪を上限に許可することができる。墳墓の築造が緊急を要し、一坪以下の簡易な墳墓の場合には委員会の許可を要しない。但し、委員会が用地を指定し、字会の事後承認を得なければならない。
④その他事業用地等
申請人が、前①②③以外の用地として利用するときは、委員会は目的や工作物の規模などを斟酌(建坪面積の概ね三倍)して、三百坪を限度として許可することが出来る。但し、公益事業については、この限りではない。
公益事業を次のとおり定めることとする。
⑴公共事業
⑵電力供給
⑶水道・下水道
⑷燃料供給
⑸情報通信
⑹医療・保健・福祉
⑺その他字の公益に関する事業
⑤利用権を付与されている申請人は、事業目的、内容などの変更があったときは、委員会に届け出て承認を得なければならない。
第五条 土地の利用権を付与されている申請人は、その利用地に課される公租公課を負担しなければならない。
第六条 字は土地の公平・公正かつ適切な利用・管理のために、利用地の利用料を徴収することが出来る。
①事業用大規模農地 十円/坪(年間)
②その他事業用地 百円/坪(年間)
第七条 委員会は決定について字会の承認を得るため、区長に字会の招集を要請しなければならない。
①字会は委員会の決定を定足数の三分の二以上の無記名投票による賛成で承認することができる。
②前項の承認を受けた者は、手続費用として金一万円を納付するものとする。
③申請人は委員会および字会で承認されなかった案件について、以後一年間は同一内容の申請を行うことはできない。
④申請人は自ら字会に出席し、必要があれば補足説明を行わなければならない。但し、申請人が老齢または病弱の場合は代理人の出席を認める。
第八条 委員会は字会による承認または不承認について書面で申請人に通知し、申請人との間で土地使用貸借契約書を取り交わさなければならない。
第九条 申請人は事前に所定の書面による工事着手届を提出しなければならない。
第十条 委員会は着手届を受理したら、申請人の立会いのもとで承認された土地を測量して、表示標識を設置しなければならない。
第十一条 申請人は工事が完了したら、所定の書面による工事完了届を提出しなければならない。
第十二条 委員会は完了届を受理したら、使用貸借契約書の違反がないかどうかを確認し、違反があれば取消、原状回復、返還、損害賠償などの適切な制裁を講ずることができる。
第十三条 委員会は次のような文書類と印鑑等を備えなければならない。
①土地憲章、土地利用管理規則、土地利用基本計画
②会議録
③文書受理・発送簿
④申請書綴
⑤決定書控綴
⑥工事の着手届と完了届書類綴
⑦土地使用貸借契約書綴
⑧土地管理委員会文書の閲覧者名簿
⑨土地管理委員会委員長印
⑩受理印
第十四条 憲章第一条に定める字民は、これらの文書を自由に閲覧することができる。
第十五条 この規則は、委員会の提案を受けて、字会で定足数の三分の二以上の賛成をもって改正することができる。
第十六条 委員会は憲章に基づいて審議した結果について責任を問われないようにしなければならない。
附則
この規則は平成十一年八月十四日から施行する。
附則(平成十七年四月一日一部改正)
この規則は平成十七年四月一日から施行する。
(経過規定)
この規則の施行前に生じた事項にも適用する。
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沖縄県久高島には、久高島土地憲章というものがある。
以前、久高島の人からその文書を送ってもらった。
おそらくは、イズム(主義)からできあがったのではなくて、土地に根ざした暮らしから自然に生まれたのだろう。
島というものの小宇宙が、天の川を仰ぎ見るような感じで伝わってくる。
久高島に向かう船で撮影。
台風が近い、海はうねっていた。
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久高島土地憲章
前文 久高島土地憲章(以下憲章という)は、次のことを確認して宣言する。
久高島の土地は、国有地などの一部を除いて、従来字久高の総有に属し、字民はこれら父祖伝来の土地について使用収益の権利を享有して現在に至っている。字はこの慣行を基本的に維持しつつ、良好な自然環境や集落景観の保持と、土地の公正かつ適切な利用・管理との両立を目指すものである。
第一条 土地の利用権を享受できる字民とは、以下の者である。
①先祖代々字民として認められた者およびその配偶者。
②字外出身の者で現在字に定住し、土地管理委員会および字会が利用権を承認する者。
第二条 字民は次の各種の土地について、次のような権利を有する。
①宅地
字民は従来の屋敷地を利用することができる。字民は世帯主として家屋を築造するときは、土地管理委員会の決定および字会の承認を得て宅地を利用することができる。但し、土地使用貸借契約から二年以内に着工しなければ、土地を返還しなければならない。また土地管理委員会は子孫不明または家祭祀の途絶えた屋敷地についてはこれを回収しなければならない。
②農地
字民は従来の割当地を利用することができる。字民は土地管理委員会の決定および字会の承認を得て新たに農地を利用することができる。但し、農地を五年以上放棄した者はこれを字に返還しなければならない。
③墓地
字民は従来の割当地を利用することができる。字民は土地管理委員会の決定および字会の承認を得て新たに墓地を利用することができる。
④その他
字民は従来の利用地については、利用を継続することができる。字民は土地管理委員会の決定および字会の承認を得て新たに土地を利用することができる。但し、利用が済みしだい土地を原状に復して、字に返還しなければならない。
第三条 憲章にもとづいて土地の利用と管理を担当する組織として、土地管理委員会を久高島離島振興総合センター内に置く。
第四条 土地管理委員会は区長、書記、字選出の村会議員、農業委員、郷友会代表者を含む十三名で構成し、委員は区長(二回目からは土地管理委員会の長)の推薦をうけて字会が選出する。
委員の任期は二年とし、再任をさまたげない。委員長は委員の互選による。土地管理委員会の庶務は字の書記を充てる。
第五条 土地管理委員会は次の事項に関して審議および決定を行なう。但し、決定は委員の三分の二以上の賛成を要する。
①土地の利用権の付与や回収など土地利用をめぐる一切の事項
②憲章等の違反に対する制裁に関する事項
③土地の改良・整備および植林・開墾に関する事項
④憲章の目的達成に必要または適当な事項
第六条 土地管理委員会は委員長がこれを主宰する。委員長は定例会を一月と六月に招集しなければならない。また委員長は必要と認めたときは臨時会を招集することができる。
第七条 委員長は土地管理委員会の業務状況について適宜字会に報告し、その決定については速やかに字会の承認を得なければならない。
第八条 字は土地管理委員会の運営費として、毎年度予算を計上しなければならない。
第九条 憲章の基本原則を変更するには字会の総意を要する。但し、その他の規則については、字会の定足数の三分の二以上の同意を得て改正することができる。
第十条 憲章を施行するための細則を別に定めるものとする。
附則
この憲章は昭和六十三年十二月三日から施行する。
附則(平成十一年八月十四日一部改正)
この憲章は平成十一年八月十四日から施行する。
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山口県周防大島のマウンテンマウスという兄妹の仲良しユニット。
瀬戸内の島々に暮らす人たちに元気をあたえたいと、島にちなんだ曲を披露しているらしい。
「山口32の離島を歌の橋で繋げよう」などのCDがある。
山口県上関町にある八島の人たちとの出会い(こちらのブログに写真)を通して生まれた曲もあるとのこと。
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