旅行・地域

2009年6月23日 (火)

映画でいろどる花綵列島、日本各地が元気になる。

書籍「映画にしくまれたカミの見えざる手 ニッポンの未来ぢから」(著者:谷國大輔)

ISBN978-4-06-272581-1

この本の第5章は、「映画でいろどる花綵列島、日本各地が元気になる。」である。

花綵列島は、普通、”かさいれっとう”と読むが、ときに、あえて”はなづなれっとう”と呼ぶ人もいる。

この花綵列島は、海流に浮かぶ日本の島々の連なりが、まるで”花綵(はなづな)”のようであることから、それを例えて出来た複合語だが、私はこの言葉の響きがとても好きだ。

日本列島を俯瞰的に眺めれば、花綵(はなづな)のような形をしていてなんともチャーミングな印象なのだが、ただそれだけでない。

北から南、海流に浮かぶ日本の島々は、四季折々、それぞれが多様な花と緑でいろどられている。

そこには、ゆったりとした島時間が流れていて、私の瞼の奥には、どこまでも、のどかな風景が、自然、浮かんでくるのだ。

この本は、そんなふうに、日本の島々を、思い浮かべながら書いた。

”映画「ラストサムライ」のファーストシーンが長崎県の九十九島になったこと”など、ほんの少しだが、直接的に日本の島々にもふれている。

ロケ地を決める口コミとは?

映画で地域を元気にする方法

民の力で地域が栄える映画のしくみなど、

島おこし・離島振興につながる話題も提供している。

身近な疑問をひもときながら、、映画のしくみをわかりやすく紹介した。

プロっぽい目線で映画を鑑賞して楽しめる本。

たくさんのエネルギーをつぎ込んで書いた本である。

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2008年12月16日 (火)

島はマラソン大会のメッカ

島とマラソンは縁が深く、日本の島々では多くのマラソン大会が開催されていて、島はマラソンのメッカ。

島によっては、ちょうど一周。

美しい海岸線をひた走る。

「島の人たちの”がんばれー!”の一言が何よりもうれしい。」とあるランナーから聞いた。

「ありがとう。ありがとう。」

ランナーたちは、島民たちと次々に握手をして、人によっては涙腺がゆるんでいる。

みんなが大声で応援してくれること。

何気ないようことのようだが、そういった体験は日常ではなかなかできない。

「来年もまた、きっときます。それではまた。」

ランナーたちはそう言って、島民たちと握手を交わし、大きく手を振って笑顔で島を後にする。

そんなふうに北海道から沖縄まで、日本の島々では多くのマラソン大会が開催されている。

最北フラワーマラソン(礼文島)

利尻島一周悠遊覧人G(利尻島)

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(写真は、利尻島で撮影。)

宮城県気仙沼市「つばきマラソン」(大島)

伊豆大島椿まつりカメリアマラソン(伊豆大島)

伊豆大島パブリックマラソン(伊豆大島)

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(写真は伊豆大島で撮影。)

新島ビーチマラソン(新島)

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(写真は新島で撮影。)

八丈島パブリックロードレース(八丈島)

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(写真は八丈島で撮影)

真野町桜まつりマラソン(佐渡島)

佐渡ロードレース(佐渡島)

能登島ロードレース(能登島)

淡路島うずしおマラソン(淡路島)

いちのみや国生みマラソン(淡路島)

しまなみ海道100kmウルトラ遠足(しまなみ海道の島々)

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(写真はしまなみ海道で撮影。)

ひょっこりひょうたん田代島マラソン大会(田代島)

サザン・セト大島ロードレース(周防大島)

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(周防大島で撮影)

祝島不老長寿マラソン(祝島)

塩飽本島マイペースマラソン(塩飽本島)

小豆島オリーブマラソン全国大会(小豆島)

小豆島へんろ道健康マラソン・ウォーク大会(小豆島)

小豆島オリーブマラソン全国大会(小豆島)

瀬戸内海タートル・フルマラソン全国大会

いきな島一周マラソン(生名島)

沖の島アドベンチャーラン(高知県 沖の島)

隠岐の島ウルトラマラソン(隠岐の島)

壱岐の島新春マラソン大会(壱岐の島)

大島一周しおかぜマラソン(宗像市大島)

福岡志賀島金印マラソン大会(志賀島)

五島つばきマラソン(五島列島)

五島列島夕やけマラソン(五島列島)

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(写真は五島列島で撮影)

大島磯の香ロードレース(長崎大島)

国境マラソンIN対馬(対馬列島)

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(写真は対馬列島で撮影)

ランニング桜島(桜島)

たねがしまロケットマラソン(種子島)

トカラ列島島めぐりマラソン大会(トカラ列島)

甑大明神マラソン(甑島)

徳之島マラソン(徳之島)

かさりサンサンジョギング大会(奄美大島)

加計呂麻島ジョギング大会(加計呂麻島)

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(写真は加計呂麻島で撮影。)

花の島沖えらぶジョギング(沖永良部島)

ヨロンマラソン(与論島)

伊平屋ムーンライトマラソン(伊平屋島)

久米島マラソン(久米島)

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(写真は久米島で撮影。)

伊江島一周マラソン(伊江島)

たらま島一周マラソン(多良間島)

ロマン海道・伊良部島マラソン(伊良部島)

石垣島マラソン

とかしき島マラソン(渡嘉敷島)

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(写真は渡嘉敷島で撮影。)

やまねこマラソン(西表島)

日本最西端与那国島一周マラソン大会(与那国島)など。

また、海外でも

マウイマラソン

ハワイ島コナマラソン

済州島国際マラソンなどがある。

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2008年11月15日 (土)

離れるということ2(奈留島に贈られたユーミン「瞳をとじて」、マンハッタン島に向かうビリージョエル「さよならハリウッド」から)

(その1より続く)

広辞苑をみても、「離れる」という言葉には、「超越する。」とか「拘束された状態などから解放される。」といった意味もあることが確認できる。

また、「離れ技」は「並みよりも一際すぐれたわざ。」であり賞賛に通じているし、「離れ穢し(ぎたなし)」は、「未練が多くて離れにくい。」とか、「金離れが悪い。しわい(けちという意)。」と、ある意味では、潔く(いさぎよく)離れないことを嘲弄する言葉である。

この様に見てくると「離れるということ」には、どこか潔さ(いさぎよさ)に通じるi意が込められているとも考えられる。

ただし、「離れるということ」に潔さ(いさぎよさ)に通じる何かを感じるためには、無責任で利己的な態度は許されず、利他的で思いやりのある態度がしっかりと担保されていなければならないだろう。

そして付け加えれば、「男はつらいよ」の寅さんのように、家を出てしまっても、そのうちに故郷が恋しくなってしまい、すぐに帰ってしまうような、人としての可愛げや弱さがあってこそ、潔い(いさぎよい)感じが残るのかもしれないとも思う。

ところで、1975年、長崎県の奈留島の学校(奈留高校)の女子生徒が、深夜放送でDJをしていたユーミン(松任谷由実さん、当時は荒井由実さん)に、「校歌をつくってください」とリクエストをし、ユーミンがそれに応えて奈留島に「瞳をとじて」という名曲を贈ったことはよく知られたエピソードである。

この「瞳をとじて」の歌詞は、「遠いところへ行った友達に、潮騒の音がもう一度届くように、今、海に流そう」と、島から「離れるということ」が織りなす人間模様を描いており、そこに深い郷愁を感じるのだが、その淋しさの中にはどこか未来への希望を含んでいて、その名の通り、島の風景が瞼の奥に浮かぶようでノスタルジックな美しさがある。

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また、ビリージョエルの「さよならハリウッド(SAY GOODBYE TO HOLLYWOOD)」も、

「街を出るのはいつだってまたうまくやろうとするチャンスなんだ。ひと言まちがえりゃ、友達だったやつも行っちまう。ずっと・・・永遠にな。だからいろんなやつが、おれのそばに来てはまた去っていく。ずっと続くのもいれば、すぐに行っちまうやつもいる。人生は、こんにちはと、さよならの連続さ。また別れの時が、来てしまったよ。(歌詞対訳:山本安見)」

と歌っていて、ロサンゼルスを離れる淋しさと同時にマンハッタン島に向かうよろこびも感じられて、「離れるということ」がどこか未来に向けた積極的な力を幾重にも持っていることが自然に伝わってくる名曲だと思う。

以上、離島(りとう)という言葉と「離れるということ」について綴った。

とにもかくにも、これらの曲を聴けば、「離れるということ」がただ単に淋しいことではなく、どこか自主独立に通じた響きがあり、希望につながるパワーをも秘めたものであることを素直に感じることが出来る。

そして、「離れるということ」がもしもそういうものであるとすると、日本が6852の島々から成り、それぞれが海によって「離れていること」から得るものは、ひょっとしたら我々が想像するよりも遙かに大きなものではないかと思えてくるのである。

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東京諸島の御蔵島(みくらじま)で撮影。

ゆっくりと「離れること」で、情感のある想い出に熟成されていく。

島旅の醍醐味ではないかと思う。

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2008年11月14日 (金)

離れるということ1(Dr.コトーのモデル「Dr.瀬戸上の離島診療所日記」と小野田寛郎さんの言葉から)

瀬戸上健二郎先生という、Dr.コトーのモデルとなったお医者さんが書かれた「Dr.瀬戸上の離島診療所日記」に、「世界の中心はどこ?」という節があり、「九州や本州から見れば、取るに足らないちっぽけな離島かもしれないが、視点をかえれば世界の見え方は逆転する。離島に住む人々にとっては、この場所がすべての中心なのである。」とある。

先生は、東シナ海に浮かぶ甑島列島の最南端にある鹿児島県下甑村(現在は、薩摩川内市下甑町)手打(てうち)診療所で28年間離島医療にご尽力された方であるが、その著書を読んでいると、まるでコトー先生が書かれているのではないかと錯覚するほど、下甑島とその島民への視線があたたかい。

例えば、「血の通わない統計の数字では、離島に暮らす人々の数は、日本の総人口の1パーセントにも満たないかもしれない。だからと言って、離島の住民をないがしろにしていいということにはならない。」とも書かれている。

ところで、この離島(りとう)という言葉が出来たのは、同著やシマダス((財)日本離島センター発行)によれば、昭和28年に成立した「離島振興法」の成立以降であると推測されるようである。

明治24年発行の大辞典「大言海」(大槻文彦編)にも離島(りとう)という言葉は掲載されていないらしい。それまでは、「離れ島」などと呼んでいたようだ。

さて、その「離れるということ」についてである。

以前、テレビで戦後30年間、フィリピンのルバング島で終戦を知らされぬまま、最後の一人まで戦い続けた陸軍少尉・小野田寛郎氏の特集をみたことがある。

その時に、生涯忘れないような言霊が次々と小野田さんの口から出て来たのだが、その中でも特に心に残った話がある。

小野田さんは、、「もう20年以上前であろうか、金属バットで親を殺害するという事件」を聞いて、「戦後日本」の行く末を案じたそうである。その後、日本の現状を見すえ、(財)小野田自然塾の塾長として、将来をになう青少年たちの育成に生涯をかけて、力を注いでおられる。

その小野田さんはテレビでこう話していた。(言葉の詳細は残念ながら忘れてしまった。以下は仰っていた内容である。)「この事件の少年は、どうして家を出なかったのだろう?、どうして、そこまでするぐらいなら、親と離れなかったのだろう?」

そして、「人間、頭にきたりとか、はらわたが煮えくりかえるような出来事は避けられないけれども、しょうがないじゃないですか。でも、そこから離れることはできる。僕なら家を出ていたのにどうして、・・・・・」などと話されていた。

最近のいくつかの凄惨な事件を耳にして、小野田さんの言葉を思い出した。

「どうして離れなかったのだろうか?」

瀬戸上先生も同著に書かれている。「別離や離散など、離れるという言葉には寂しさや悲しさがただよっている。(中略) だが、長年「島」で、いや「離島」で暮らしてきた身としては、まったく気にならないのである。(中略) 「離」という言葉の背景には、ただ距離をとって孤立しているという意味だけでなく、自立している、自主独立の精神も隠されているのではないか。」

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数年前に沖縄島で撮影。奥に写っているのは「離島か岬か」。

今になっては記憶にはなく、写真でもよくわからない。

(その2につづく)

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2008年2月26日 (火)

渡嘉敷島マラソンの映像

渡嘉敷島マラソンの映像は、こちら。

http://jp.youtube.com/watch?v=95nTqDQJTH8

渡嘉敷島のテツジさんという方(コメントを頂いた方)がyoutubeにアップしてくれています。

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写真は、渡嘉敷島の阿波連ビーチの近くで撮影。

このあたりには、お店が何軒かある。

この道はマラソンコースだったのだろうか?

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2008年2月 6日 (水)

渡嘉敷島のマラソン大会で流通する地域通貨のような電子マネー「とかしきチェック」、南の島でのんびりできそうなFeliCaカードたち。

2008年2月10日、沖縄県の渡嘉敷島で第3回「鯨海峡とかしき島一周マラソン大会」が開催される。

その大会に合わせて、地域通貨のような電子マネー「とかしきチェック」が発行されるようだ。

この電子マネー「とかしきチェック」、地域通貨のように法定通貨でないからだろうか、6ヶ月間で期限が切れるようだ。(いつかは期限のない電子マネーの導入をめざしているらしい。)

方式はFeliCaカードに現金をチャージし、上限額は5万円。

(チャージする場所は、那覇市の泊港に設置するマラソン大会特設ブースと、島内のホテル「とかしくマリンビレッジ」など。)

マラソン大会中は、島内のおみやげ屋さんや民宿など27箇所で利用できるという。(大会後は15箇所。)

マラソン大会に参加するランナーたちが現金を持ち歩かなくてすむことと、それから、島内のお店側も手間も時間も省けるというのがメリットだそうだ。

だが、渡嘉敷島に何度も通っている私は、島内で小銭を持ち歩くのに苦労した覚えがないし、お店の人たちも、カードを読み取る機械を覚える方がよっぽど手間も時間もかかりそうな気がする。

でも、この企画は、物珍しくて楽しそう。

おそらくは、「離島で電子マネー」ということで話題になり、島の人たちもイベントで電子マネーを楽しみ、そして、しばらくすれば、またおだやかな島時間が戻ってきて、やがてFeliCaカードたちもゆったりと過ごすことができるだろう。

私も、また渡嘉敷島で海を眺めて過ごしたい。

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のんびりとした渡嘉敷島。お店は早々に店じまい。

写真は渡嘉敷島で撮影。

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2008年2月 4日 (月)

沖縄で古くからあるコミュニティビジネス「共同店」の懐かしさ

屋久島メッセンジャーこと、菊池さんが書かれた記事「島の広告事情」によると、屋久島ではスーパーのレジ横の広告枠に人気があるそうだ。

離島では、どうしても公共交通が頼りにならいので、車や自転車に乗ることが多いから、誰かと出会うのは、通り道ですれ違うか、数少ないお店でばったり出会うか、それとも温泉などで一緒になるかということになる。

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(写真は、屋久島で入った海中温泉。)

また、島にしばらく滞在すると、”何でも屋さん”のような島のスーパーに通うのが、知らず知らずのうちに毎日の日課になっている。

そして大概、その”何でも屋さん”のようなお店に行くと、レジのあたりで、近所の人とお店の人が、のんびりと井戸端会議などをしていて、世間話に花を咲かせてもいる。

その上、その店先では子供たちが、お菓子やアイスキャンデーなどを頬張りながら、「こんにちは。」などと笑顔で声をかけてくるのだが、そういった大都市にはない子供たちとの距離感がなんとも心地いい。

そういえば、沖縄の島々には、その地区に住む人々の出資によって古くから運営されている「共同店」がいくつもある。

それらのお店に漂う独特の雰囲気は、島の人たちには空気のような存在なのだろうが、私のような「よそ者」には何よりも懐かしいおもてなしだったりする。

お客様へひたすら頭を下げる傍ら、まるで王様のように振る舞うお客様たちが溢れかえる世間を離れて、なんだかほっとする島時間といったところである。

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写真は阿嘉島の集落で撮影。

小道の奥に海が見える。

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2007年12月11日 (火)

利尻島の「島の駅」

利尻島には「島の駅」がある。

約100年前に建てられた「渡辺商店」という海産物問屋。

そこが今、島の駅「海藻の里・利尻」になっている。

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利尻島で撮影した島の駅。

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冬の利尻島を自転車で巡った。

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海風が強くて、とても寒い。

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体が冷え切ったとき。

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島の駅を見つけた。

施設は二つ。

カフェ「りしりに恋して」と石蔵文化ギャラリー「海・・・エメラルド」

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カフェでコーヒーをいただく。

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室内もしばらくの間は寒かったが、

海藻でつくった紙の行灯とやさしいもてなしがあってとても暖かい。

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2007年11月27日 (火)

小値賀島・野崎島など五島列島17島のキャラクター「ちかまるくん」

長崎県五島列島の北に小値賀島(おぢかじま)・野崎島など17の島がある。

それらの島は小値賀町に属しているのだが、そのマスコットキャラクターが「ちかまるくん」だ。

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アイランダー2007で会った。愛らしいためか、子供たちになかなかの人気。

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どうやら縁があるようで、偶然、抽選に当たったぬいぐるみ。

「おぢか」とみんなの距離が、もっと「近まる」ように!という想いがこめられているという。

小値賀町の「町の獣」で、野崎島に棲んでいる「九州鹿」がモチーフになっている。

地域のマスコットキャラクターは全国各地に結構たくさんあるが、人気が出るのはごく一部だ。

最近では、国宝・彦根城築城400年祭キャラクターの「ひこにゃん」が人気。

この可愛らしい「ちかまるくん」をもっと知りたい人は、こちらのサイトへ。

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2007年11月 6日 (火)

北の島から、冬眠しているような利尻島

北海道の利尻島。

そろそろ冬が近い。

風が強くてとても寒い。

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土曜日の午前中、人も車もほとんど外には出てこない。

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お店もほとんど閉まっている。

熊が冬眠するように、島も冬眠しているよう。

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2007年10月25日 (木)

アイランダー2007

アイランダー2007

11月24日(土)10時~18時

11月25日(日)10時~17時

の2日間

東京池袋のサンシャインシティ、文化会館2階で開催。

出展島はこちら

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写真はアイランダー2001

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2007年10月16日 (火)

五島列島の福江島(遣唐使船、最後の碇泊地)

五島列島の福江島、その西北部は旧三井楽町(現在は、五島市)。

そこはかつて、中国へ渡航する遣唐使船の最後の碇泊地であった。

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(写真は遣唐使船を模した展望台。旧三井楽町で撮影。)

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(写真は、遣唐(使)船と三井楽について書かれた看板。)

(白良ケ浜万葉公園にある。) 

また、福江島(旧三井楽町)には、「遣唐使ふるさと館」もある。

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「遣唐使ふるさと館」では、遣唐使の歴史などにふれることができる。

施設の中には「万葉シアター」があり、シアターでは”三井楽町の柏崎が遣唐使の日本最後の地であったという史実をもとに制作された映像”を見ることが出来る。

ちなみに、この施設、長崎県初の離島の「道の駅」となっている。

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写真は、高台から島から東シナ海を望む。

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写真は、遣唐使船寄港地の碑。

遣唐使の時代、東シナ海への船出は、「もう日本には戻れないかもしれない。」という覚悟がいったに違いない。

その様子を想像しながらその地に立った。

ちょどその時、吹き飛ばされそうなほど風が強かったこともあるのだが、いまにも大海原に飲み込まれそうな気がして足がすくんだ。

もう、何年も前のことだが、ちょうど子供が日暮れに迷子になってしまったような不安、その感覚を、この写真を見ていると、今でも思い起こすことが出来るから不思議だ。

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2007年10月 9日 (火)

島は海に囲まれている、だから島、ふぐ・タコ料理の日間賀島

愛知県南知多町日間賀島(ひまかじま)。

愛知県の知多半島の先にある師崎(南知多町)から2.4kmと至近距離にある。

「名古屋から一番近い島」などと呼ばれている。

タコ料理やふぐ料理で知られる。

まずは、タコ料理で知られるようになり、その後、ふぐ料理で全国的に有名になった。

とらふぐの水揚量の全国一位は実は愛知県である。(全国漁獲量の約25%を占めている。)

だが、以前はそのうちの約85%が下関、大阪、並びに東京などに出荷され、地元の愛知県には約15%しか出回っていなかった。

そこで、その「とらふぐ」を島の郷土料理として味わってもらおうということになった。

ふぐ取り扱い旅館が、当初は1軒だけだったが、現在では旅館が16軒、民宿も50軒まで増え、まさにふぐ料理の島となった。

そのことから、漁業を活かした離島観光の成功事例としても知られている。

島のマンホールの蓋もタコとふぐだ。

日間賀島

日間賀島観光協会のページから観光会員の登録ができる。

島は海に囲まれている、だから島。

島の恵みは、まだまだ海にたくさん眠っているようだ。

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写真は、下関で撮影したふぐのモニュメント。

実は、下関と日間賀島、ふぐでつながっているのだ。

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2007年10月 1日 (月)

奄美大島、島の裁判官奮闘記「ジャッジ」のロケ地

NHKの土曜ドラマ「ジャッジ」が10月6日(土)から放送されるようだ。(全部で5回)

ロケ撮影は奄美大島と大阪で2007年6月から8月にかけて行われたらしい。

ドラマの舞台は鹿児島県の南に浮かぶ架空の島「大美島」

そのロケ地が奄美大島。

あげーのしま 奄美というブログにロケ撮影の現地の様子が紹介されていた。

このブログによると

奄美大島は瀬戸内町の久根津(くねつ)、嘉鉄(かてつ)、清水(せいすい)などの集落、

それから鹿児島県の合同庁舎などでロケ撮影を行っていたらしい。

以前、ダイビングで奄美大島に行ったとき、その瀬戸内町を歩いた。

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写真は、奄美大島の古仁屋港から大島海峡をはさんだ対岸の加計呂麻島に渡る船から撮影したもの。

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こちらは、古仁屋港の近くで撮影したもの。

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宮古島市の来間島・池間島・大神島、映画「木更津キャッツアイ~日本シリーズ」のロケ地

宮古島市が映画「木更津キャッツアイ~日本シリーズ~」のロケ地であることは案外知られていない。

映画で、どうみても東京湾には見えない南国の砂浜のシーン。

それが宮古島市の島々だ。

宮古島の与那覇前浜の沖に浮かぶ来間島長間浜

それから、宮古島の北に浮かぶ池間島

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池間島で撮影。池間島の砂浜。(映画のロケはこの砂浜ではない。)

それから、宮古島の島尻港から船で行く大神島でもロケ撮影があったという。

(ただし、池間島と大神島でのロケについては巷の噂です。はっきりとはわかりません。)

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こちらが宮古島から撮影した大神島。文字通り神聖な島として知られている。

宮古島市の離島の位置関係はこちら

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2007年9月24日 (月)

昭和基地のあるオングル島のリアルタイム映像

南極大陸のオングル島

映画「南極物語」の舞台になった昭和基地がある。

(映画のロケは、北極のカナダ領、コーンウォリス島のリゾリュートにオープンセットで行われた。)

WEBカメラでその昭和基地からのリアルタイム映像をみることができる。

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2007年9月22日 (土)

日本の離島も水没の危機(排他的経済水域を守る沖ノ鳥島など)

日本の排他的経済水域(EEZ)は国境の島々によって守られている。

(以前、日本の領海や排他的経済水域(EEZ)について、このブログでも書いた通り。)

これらの国境の島々の中には、地球温暖化による海面上昇などによって水没してしまう可能性が指摘されている島もある。

その一つが沖ノ鳥島である。

沖ノ鳥島

水没の危機にあるツバルは、決して他人事ではない。

日本の小さな離島も同様の危機にあるのだ。

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2007年9月19日 (水)

岩手県大船渡市にある珊琥島の無人島プロジェクト

岩手県大船渡市の珊琥島(さんごじま)で無人島プロジェクトがあるようだ。

珊琥島

珊琥島は大船渡湾の中央にある周囲500mの無人島。

イーハトーヴの夢プロジェクト事業の一つでタイトルは、

「THE 夢人島!~探検・冒険・珍発見 IN さんご島」

無人島という非日常体験によって、子どもたちが自分自身、自然、そして仲間たちと向き合い、その中で何かをつかんでほしいと企画されたようだ

主催は、岩手県・青少年活動交流センター・社団法人岩手県青少年育成県民会議

後援は、岩手県教育委員会

10月6日と7日に開催される。

対象は小学校高学年から中学生。

申込は青少年活動交流センターまで。

詳細はこちら

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2007年9月18日 (火)

サンゴの白化現象は海水の酸化も原因の一つ(映画「不都合な真実」のDVD特典映像より)

サンゴの白化現象。

石垣島の白保だけでなく、各地で白化現象が進行している。

海守のブログには、「広範囲にわたって白化現象が進行していることは明らかで、一刻も早い原因究明が必要です。」とある。

また、「白化現象によるサンゴ大量死の原因は、海水温上昇や海へ流れ出る土砂の影響などが有力視されていますが、詳しいメカニズムは不明・・・」だという。(海守のブログより)

ドキュメンタリー映画の「不都合な真実

そのDVD特典映像で、ゴア前大統領(短期間だが大統領に当選。そういえば、ダイアナ妃の事件のように不可解な選挙だった・・・・。)が、白化現象の原因の一つが海水の酸化だと話していた。

なにしろ、二酸化炭素による海水温の上昇の影響も大きいが、二酸化炭素が海水に溶け込むことによって海水が酸化し、カニや貝、そしてサンゴなども生きていくことが難しくなるらしい。

このことは、映画「不都合な真実」の公開以後に明らかになったという。(だから、特典映像のインタビューでゴア氏が話していた。)

この問題は、ダイビングで海に潜るので関心をもっていたが、好物のホタテ、ミル貝、牡蠣など、貝類、それからカニにも影響があるのか・・・。

ちなみに、映画「不都合な真実」では、海水温の上昇により、2050年にはサンゴ礁が壊滅的な状況になる可能性があるとも説明していた。

また、映画の中で、意味深な例え話があった。

「熱いお湯に飛び込んだ蛙は驚いてお湯から飛び出すが、徐々に暖まっていくぬるま湯にいる蛙は助け出さないと気づかずにそのまま茹だってしまう。」らしい。

人と蛙を重ねていた。

そして、蛙のように陸に上がれないサンゴ。

その白化現象(死)をサンゴが自ら止めることは、突然変異でもしない限りはできないに違いなく・・・・。

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渡嘉敷島で撮影したサンゴ礁。

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こちらは、お気に入りの場所、渡嘉敷島の阿波連ビーチ。

エメラルドの海、色の濃いところは、岩が集まっていたり、サンゴがあったり。

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2007年9月 1日 (土)

天草下島、苓北町の不思議な岩(おっぱい岩)

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島原半島から天草へ船で渡ると、そこは天草下島。

その天草下島の苓北町には、変わった形の岩があり、その形から、「おっぱい岩」と名付けられている。

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(天草下島で撮影)

この岩を見たとき、ある大学教授と一緒だった。

その教授は、驚きながら大きな声で私に

「絶対おかしい。これ、だれかが作ったんだ。」といった。

私も、「ほんと不思議ですよね。でも、自然にできたんじゃないですか?でも、どうしたら、あんな形になるんでしょうか?」と答えると、

教授はやはり、「いや、誰かがどこかで作って運んだんだ。」と繰り返し言った。

そして、「それか、夜にこっそり来て、彫ったのか。いや、潮の満ち干があるな。やっぱり、作って運んだんのかな・・・」などと、悩み始められた。

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(写真は、側面から撮影。人の背ほどの高さがあり、この岩を運ぶのはなかなか大変である。)

私も、「なんか変ですよね。でも、道路に、”おっぱい岩”と標識もあったし、NHKの「地域の宝」とかいった番組でも放送してましたから、自然の造形物ではないかな。」

「でももし、誰かがいたずらとか、話題づくり、島おこしのためなどで、そっと仕掛けたのなら、ちょっとがっかりですね」

「なんだろう、いったい・・・。」

などと、会話が続いた。

たぶん(もちろん)、人工的に作られたのではない思う。

しかしながら、とにもかくにも、不思議な岩。

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2007年8月30日 (木)

水没の危機にあるツバルの島々と映画「ウォーターワールド」の世界

映画「ウォーターーワールド」は地球温暖化によって海面の水位が上昇し、ほとんどの陸地が地球から消滅してしまうというSFタッチのアクション映画だが、どこかリアリティーがある。

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(写真は、ロサンゼルスのウォーターワールドのアトラクションで撮影。映画のなかの人類の子孫たち、陸地がなくなった地球で、この写真のような要塞を築いて生活していた。)

地球から陸地がほとんどなくなって、人間が突然変異して両棲人間が誕生している。

(海で生まれ海で育つうちに、突然変異がおこって、耳の後ろにエラがあり、水中でも呼吸でき、足の指も水かきのようになっている、それが両棲人間だ。)

真水がないために、小便を濾過した後に、それをまた飲み、残りを小さなプランターにやったりしている。

また、着るものもぼろぼろで、食べ物もほとんどない。

陸地がなければ、真水もなく、したがって、植物も育たないわけで、そうなると生活はこうなるのだろう。

「祖先が地球をこんなにした」などと我々の子孫(まだ両棲人間に進化していない人間たち)は怒りをあらわに叫んでいる。

ところで、この映画は1995年のものだが、その後2000年にツバルは国民の海外移住を決断した。ツバルの島々などはまさに水没の危機にあるのである。

ツバルは9の珊瑚島からなる国。面積は約25.9k㎡。2006年の人口は9,652人。

ずいぶん前から、ツバルでは海面上昇が問題になっていたが、それがいよいよ島民の生活に直接的に影響を及ぼし始めた。

海面上昇によって陸地が減って住めなくなった人々。まさに環境難民である。

ツバル政府はオーストラリアとニュージーランドに移民受入を要請したが、オーストラリアはそれを拒否し、ニュージーランドへの移住もすすんでいないようだ。

陸地がないとどういうことになるのか。

今、小さな島々からSOSが発信されている。

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(写真は、アメリカ西海岸の上空で撮影した陸と海の境界。)

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2007年8月25日 (土)

映画「家族」の伊王島

映画「家族」(山田洋次監督)の一家のふるさとは長崎県の伊王島

ちなみに、家族はクリスチャン(カトリック)であり、炭坑の閉山などの事情もあって島を後にする。

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家族は北海道での開拓を夢見て、長崎県伊王島から北海道中標津に移り住むために、高度成長に沸く日本列島を南から北へ縦断する。

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映画では、伊王島をはじめ、当時の日本各地の様子がよくわかる。

写真は、以前、長崎半島の西岸から長崎市に向かって撮影したもの。

たぶん、奥の方に伊王島が写っているはずである。

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マイ箸と割り箸(日本の島々は木がよく生える)

マイ箸とは、自分の箸を持ち歩く、その箸。

ずっとまえ、環境関係の人に触発されてトライしたことがあるが、残念ながら長くは続かなかった。

単純に「変わりもの」と思われることがあったし、持ち歩いて食後に洗うのは一苦労だ。

でも、マイ箸、質の良い箸で食べる食事はおいしい。

「なんで、そんなのつかっているの?」

と怪訝な顔で聞かれたときには、

「割り箸はほとんどが中国の皆伐で、日本の間伐材じゃない、とかいった環境問題に加えて、割り箸は毒素が入っているよ・・・」

いろいろ理屈をつけていたのだが、どうもなりきれない。

日本の島々は高温多湿でどんどんと森林が育つが、大陸の多くの地域ではそうはいかない。

だから、環境への影響は大きい。

でも、やめてしまって久しい。

それが、最近、マイ箸を持っている人に会った。

堂々と、マイ箸を使っている。

聞くと、「割り箸から体に悪い成分がたくさん出ているよ。」などという。

マイ箸もメジャーになりつつありようだ。

マイ箸をしていた時には、同じ理屈で理論武装していた、というか、言い訳の一つにしていたのだが、どうやらこのことが一般論になってきているようだ。

口に入れるのは食べ物だけじゃない危ない中国製割り箸」という記事を見つけた。

「割り箸を使って森を守ろう」などという専門家も多く、

日本の間伐材を活かした割り箸ならいいと思うのだが・・・・。

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写真は、秋田県で撮影した世界遺産の白神山地。

(割り箸とは直接は関係ありません。)

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2007年8月23日 (木)

無人島プロジェクト

春だったか、大学のキャンパスで、無人島プロジェクト2007のチラシをもらった。

「なにもない島に、なにかがある。」とある。

この企画、無事に終了したようである。

手元のチラシには、「電気、水道、コンビニがない」こと。

そして、「そういったことを、学生のうちに体験したい。」といった趣旨の挨拶が掲載されていた。

行き場所は、愛知県の沖島

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チラシには「君が変わる、夏」とある。

いったい、どんな体験をしたのだろうか?

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映画「浮雲」の屋久島

映画「浮雲」。成瀬巳喜男監督の代表作。

「腐れ縁」とは、離れようとしても離れられない悪縁、なかなか断ち切れない好ましくない関係、悪縁。くさり(鎖)縁といもいう。

この映画の男女はその「腐れ縁」でずっとつながっている。

だが、映画が終わりに近づく頃。

屋久島に向かう小舟で病の女、ゆき子(高峰秀子)が雨に打たれている。

そして、それを真摯にかばう男(森雅之)の姿がある。

(この映画の主人公には、男、女といういい方がよく似合う。)

この腐れ縁は、勝ち負けとか、損得とか、そういった理屈では説明できない何かが、どうもどこかに潜んでいたようだ。

映画の屋久島は国境の島で、医者もいない島。

「島流し」などという言葉を女がつかってもいる。

しかし実際は、1953年(昭和28)年12月25日に奄美群島は日本に復帰しているから、映画の撮影時には屋久島は国境の島ではなかった。

また、映画のロケ撮影は実際は伊豆で行われたそうだ。

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屋久島の風景。映画のように、いまにも雨が降りそうだ。

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屋久島に向かう小舟も、こんな海原にあった。

数年前に屋久島で撮影。

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2007年8月13日 (月)

映画「うみ・そら・さんごのいいつたえ」の石垣島

映画「うみ・そら・さんごのいいつたえ」

監督は椎名誠で撮影は中村征夫(なかむらいくお)。

ロケ地は石垣島。白保地域など。

海や島が好きな人におすすめ。映像が美しい。

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石垣島の「うみ」

海面あたりで何かが泳いでいる。ハリセンボンかイカ?

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「そら」

マンタの上に太陽がみえる。

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そして「さんご」

どれも石垣島で撮影。

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2007年8月11日 (土)

阿久悠さん「瀬戸内少年野球団」の淡路島

阿久悠さんの出身地は淡路島。

映画「瀬戸内少年野球団」の舞台である。

(映画のロケ地についてはこちら

製作はYOUの会=ヘラルド・エース

YOUは阿久悠さんのYOUなのだろうか。

その阿久悠さんのテレビ特番を数年前に見て、その偉業に圧倒された。

「これも、あれも、みんな阿久悠さんだったのか。」

子供の頃に、友達とふざけて、物まねをしながら歌った懐かしい曲が次々と紹介されていた。

その阿久悠さんと仕事をご一緒したことがある。

オフィス・トゥ・ワンというプロダクションを訪問し、阿久悠さんと名刺交換をして会議を同席した。

物静かだが、なにもかも見透かされるようであり、それでいて、思いやりのあるやさしい人だった。

そして、その阿久悠さんという偉大な才能を産出した島、淡路島を訪れたのは、それから何年もしてからで、西暦2000年の淡路花博の時である。

映画「瀬戸内少年野球団」のなかで、主人公の駒子先生(夏目雅子)の夫である中井正夫(郷ひろみ)さんが、淡路島を花卉栽培によって花いっぱいにしようと夢見ていたのだが、淡路花博会場には、まさにその通りになっていた。

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(写真:沖縄本島の植物園で撮影)

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2007年8月 2日 (木)

海洋国家とは「第1回総合海洋政策本部の会合から」

7月31日に総合海洋政策本部の第1回会合(首相官邸のページ参照)が開催された。

海洋島嶼国家という言葉ではなく、「・・・真の海洋国家を目指して・・・」と挨拶されたようだ。

海洋国家とはどのようなものなのか。

村上裕三氏の「海洋国家の戦略

鈴木邦子氏の「海洋国家日本の戦略

高坂正堯著「海洋国家日本の構想」などが参考になりそうだ。

ちなみに、海洋国とは「国土の全体または大部分が海に取り囲まれている国。日本・イギリスなど」(広辞苑による)

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写真は鹿児島県の枕崎で撮影。この先に、トカラ列島が連なっている。

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2007年8月 1日 (水)

「離島が半島になった島々」について4

3つの島の三つめが

長崎県の西彼杵郡(現:西海市)大島町の(蠣ノ浦)大島(かきのうらおおしま)

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崎戸島と橋で繋がっていて、離島と離島が架橋によって半島になっている。

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沖縄本島のマングローブ

沖縄本島の本部半島

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カヌーに乗って

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海から川へ上っていく。

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マングローブの森の中。

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マングローブの新入生。

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2007年7月31日 (火)

地方の疲弊と選挙結果(郵政解散選挙と参院選挙の違いについて)

政治アナリスト花岡信昭氏の「参院選の結果から何を読み取るか

コラムでは、

「小泉・安倍構造改革によって地域格差が生じたとすると、なぜ、2005年9月の衆議院選挙で自民党は圧勝したのか?」といった内容の疑問を投げかけていた。

だが、その矛盾を分析せずにそのままにして、「格差拡大とか地方軽視といった批判は”取ってつけた理屈”なのであって、有権者の判断基準は別のところにあったのではないか」などと述べ、年金問題、政治とお金の問題などを取り上げて参院選の結果を説明していた。

そこで、私は地域格差の問題に焦点をあて、その理由を推測してみた。

その謎を解くエピソードがある。

2005年9月頃、つまりは郵政民営化解散の頃、私は地方で何度か、「今回は郵政民営化を問う解散。小泉さんの構造改革、”痛みに耐え”といっているけど、”すごいんだな~、厳しいんだ~”。でも、今回は郵政民営化解散だから自民に入れた」と話しているのを聞いた。

また、当時は時代の雰囲気が今とは大分違っていた。逮捕されたホリエモンなどが英雄視され、村上ファンドが市場を席巻し、テレビCMも消費者金融であふれかえっていた。

つまりは、なんでもかんでも市場原理にゆだねる風潮が吹き荒れていた。

そして、衆院選についてみても、上記のようにまるで「郵政民営化だけが争点になっている(むろん、そんなわけはないのだが)」と思っていた人が多かったように思う。

(本来、「郵政民営化」などという難しい問題は、立法府を担う国会議員の方々が日々勉強をしてその方向性を決めるべき案件で、その仕組みを詳しく勉強していない一般国民に決めろというのは酷ではないか。)

そして、それから約2年が過ぎた。

最近は、コムスンの問題が取り沙汰されるなど、市場にゆだねることの限界が顕在化しはじめている。

このように、2年前の様子と今日では、社会の空気がまったくといっていいほど違っていることがわかる。2005年9月衆議院選挙の頃と今日では時代が変わったといっていい。

今日は激動の時代。時代の変化はめまぐるしく、「市場にゆだねることで生じる理不尽な格差」、「地域格差」など対する不満はますます激しさを増していくのではないか。

ちなみに、立花隆氏「次期リーダーまでぶっ壊した参院選大敗の戦犯小泉前首相」や

福岡政行氏「首相続投宣言で自民党は最大の危機を迎える」のほうはとても参考になった。

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2007年7月30日 (月)

地方の苦悩「改革路線」とは?(辞書に無い「改革路線」という言葉)

この5~6年、離島を含めた地方と東京との地域格差の拡大にはただただ驚いていた。

「日本列島はどうなってしまうのだろう。この問題に対して、地方の人がいつまでも黙っているはずがない。」と2~3年前から考えていたが、ようやく今回の参議院選挙でそれが結果となって表れたようである。

この問題で、まず明らかにしなければならないのは、はたしてこの地域格差は「改革路線」による”一過性”の痛みなのか、それとも”地方切り捨て”なのかということである。

それを考えていくときに、何より困るのは、「改革路線」という言葉が辞書に載っていないあいまいな造語であること。

選挙後も、マスコミや経済団体などが、こぞって「改革路線を続けていってほしい」などというおかしな表現を続けている。

「改革路線」などという言葉はないので、それを分解してその意味を推定してみた。

1)「改革」とは

「改めかえること。改まり変わること。目的が国家の基礎に動揺を及ぼさず、方法も暴力的でない変革」(広辞苑 第5版による)

「基盤は維持しつつ、社会制度や機構・組織などをあらため変えること。 」(大辞林 第二版による)

また、2)「路線」とは

「進むべき道筋。方針。」(広辞苑 第5版による)

「始点から経過地を通り終点にいたる道路の位置を示す線。政党などの掲げる運動の方向。」(大辞林 第二版による)

そして、補足であるが

3)道筋とは

「通って行く道。通り道。物事の道理。条理。すじみち。」(広辞苑 第5版による)のことである。

とすると、「改革路線」という言葉は、

改革の目指す「方針」だけを指しているだけでなく、それに至る「道筋」を含めているとも考えられる。

今回の選挙結果は、少なくとも「改革の道筋」に修正を迫ったと捉えるのが妥当だろうし、

だとすると、”改革の方針”と”改革の道筋”を分けて説明をしないと、「改革路線を支持する」主張の意味するところがよくわからない。

日本の人口は全国的に減少し、財源も限られているのだから、

「”官から民へ”、”小さな政府を目指す”、”国から地方へ”、”地域でできることは地域へ”などという改革の方針」を選択するのは理解できるのだが、

それよって、「市場経済で解決できない地域の社会問題をどうしていくのか」、「限界集落などがどうなっていくのか」という説明と、それに至る「改革の道筋」がはっきりしないので不安になってしまう。

もし、離島を含めた地方の苦しみが「改革の道筋」のなかで、”地方切り捨て”でなく”一過性”のものであるのなら、

せめて「改革路線」などという意味不明の造語を使わずに、「改革の方針」、「改革による地方の将来像」、そして、「改革を進めていく道筋」等をしっかり分けて説明してほしい。

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写真は、ある離島で撮影した蔦に覆わて朽ちた家屋。

中山間地域や離島ではよく見る風景だ。

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2007年7月29日 (日)

「離島が半島になった島々」について3

3つの島の二つめが

長崎県西彼杵郡(現:西海市)崎戸町の崎戸島(さきとじま)

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こちらも離島が半島になった。

江戸時代には捕鯨の基地として栄え、番所がおかれて異国船の監視やキリシタンの探索などがおこなわれたそうである。

船を住み家にして魚群を追って生活する「家船(えぶね)」の根拠地でもあった。

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2007年7月27日 (金)

「離島が半島になった島々」について2

3つの島の一つが

平戸市の生月島

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地図で見ても離島が半島になっている。

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2007年7月26日 (木)

上空から見ると世界地図の人工の島、椰子の木を模した人工の島

アラブ首長国連邦のドバイ

デベロッパー「NAKHEEL」が、

上空からみると椰子の木を模した人工の島「THE PALM JEBEL ALI」

同じく上空から見ると世界地図になっている人工の島「THE WORLD」

など4つの人工島(その他、「THE PALM DELRA」「THE PALM JUMERAHDELRA」)を開発しているようだ。

写真はNAKHEELのサイトで。

まるで博覧会場のような発想。

環境問題も含めて、これからどのような展開になるのかを長期的に見ていきたい。

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2007年7月20日 (金)

「離島が半島になった島々」について1

「離島に橋がかかると半島になる」のつづき話。

「離島地域を解除された後、半島地域に指定された島々」について国の方が大変親切に詳しく教えてくれた。

ちょっとややこしいのだが、それによると、

1)半島地域の指定は、昭和61年と比較的新しいため、それ以前に離島地域を解除されていた島を含めて半島地域に指定した事例が多かった。(ほとんどであった)

つまり、

昭和61年より前に橋がかかった島は、

「離島地域であった (離島)→ 架橋により離島地域でなくなった(何んでもなし) → 半島と島が一緒に半島地域になった。(半島)」

これらの島々は、おそらく架橋された本土が半島だったということだろうか。(確認中)

また、

2)半島地域は市町村ごとに指定されているため、当初から離島地域と重複して指定されている場合も多く、橋が架かった後に離島地域が解除され半島地域となった事例も多いとのことである。

つまり、

昭和61年以降に橋が架かった島は

「離島地域であった(離島) →離島地域であり半島地域になった (離島+半島)→ 橋が架かった →離島地域が解除され半島地域だけになった。(離島+半島-離島=半島)」

ということである。

これらの島々も、たぶん架橋された本土が半島だったということだろう。(確認中)

ただ、

3)離島地域を解除して半島地域に組み入れた事例が2件あった。3つの島の名前が挙がっている。

それは、

昭和61年以降に橋が架かり、架橋の時に当該市町村が半島地域でなかった島で、

「離島地域だけに指定されていた(離島) → 橋が架かった → 島が半島地域に指定された。(半島)」

ということになる。

これらは、島が半島になったということだろうか。(確認中)

(地図で確認しながら、この後、紹介したい。)

(その2に続く)

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写真は、能登半島の輪島にある棚田。

ここは半島地域である。

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海洋基本法が施行

7月20日の今日は、海洋基本法の施行日。

内閣官房に「総合海洋政策本部」事務局が設置されたようだ。

関係者から頂いた資料と、海洋政策研究財団のブログによると、

海洋の管理に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、「海洋基本計画」が5年ごとに策定される。

また、海洋の総合管理に必要な資源の配分の方針などの重要事項を調査・審議するため、議長を内閣総理大臣、副議長を海洋政策担当大臣、その他議員を内閣官房長官、内閣総理大臣が指定する国務大臣及び学識経験者等とする「総合海洋政策会議(仮称)」が設置される。

ニュースによると、事務局には関係省庁の職員が37名。

関係省庁は、国交省、経産省、外務省、防衛省、農水省、環境省、財務省、文科省等と多岐にわたっているようだ。

基本理念も、1)海洋環境の保全、2)海洋の安全の確保、3)持続可能な開発・利用、4)科学的知見の充実、5)海洋の総合的監理、6)国際協調、と壮大なものになっている。

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写真は慶良間諸島で撮影

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2007年7月19日 (木)

島国日本の選挙風景「選挙に出馬する動機は何?」

もうすぐ選挙。

田中秀征氏の「参院選、「国家のため」「誠実」「清潔」を叫ぶ人は要注意」という記事に目がとまった。

たまたま偶然、何人かの知り合いが今、国会議員になっている。

そのうちの一人、当人が出馬する前に、

「何で?何で選挙にでるの、動機は?」と聞いた。

選挙への出馬に限らず、人が世間一般の人と違った言動をしたり、行動をとったりしたとき、その内容がすばらしかったとしても、

「そもそもそういう行動に、彼(若しくは彼女)を駆り立てたものは何か?」

「そういったことを行う、エネルギーは彼(若しくは彼女)のいったいどこから出てくるのだろうか?」

などと、考えてしまう。

要は、動機に目がいってしまうのである。

(特に選挙の時とか、ベンチャー企業の創業者に対して)

選挙といえば、候補者は、写真が街に張り出され、知らない人と握手などをして、大声で手を振っている。

おそらく、普通の感覚では、恥ずかしくてなかなかできない。

そういえば、日本には、そもそも欧米のような演説の歴史はなかったと、司馬遼太郎さんの本のどこかで読んだことがある。

(ただ、「日本には、お坊さんの説教があり、それが欧米の演説に近いものであったのかもしれない」といったようなことが書かれていたように、うっすらと覚えている。)

「選挙に出る!恥ずかしくないの?」

そんなふうに考えてしまうのは、ひょっとしたら、敗戦によって借りものの民主主義教育を受けた、島国根性の表れなのかもしれない。

それとも、日本の選挙風景が時代遅れなのだろうか?

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写真は、アメリカのサンタモニカ。

ずっと前、フロリダ州で大統領選に出馬したクリントン候補の選挙演説に出くわしたことがある。(その後、大統領になった。)

選挙演説というより、まるでロックコンサートのようで、候補者はスーパースターのように振る舞っていた。

選挙の様子も、国によって大分違っているようだ。

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2007年7月18日 (水)

渡嘉敷島、オスジクロハギ

渡嘉敷島のオスジクロハギ

ブルーの尾にホワイトの筋がみえる。

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海人というポイントで撮影。

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2007年7月17日 (火)

渡嘉敷島、キツネアマダイ

渡嘉敷島のキツネアマダイ。

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確かに、狐のような顔をしている。

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ただ、この魚が狐を見たことはないに違いなく、

また、狐などという名前(あだ名)をつけられているとは、思いもよらないことだろう.

渡嘉敷ビーチの海人ピーというポイントで撮影。

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2007年7月15日 (日)

渡嘉敷島、タテジマキンチャクダイ

渡嘉敷島のタテジマキンチャクダイ

きれいな魚で、とても目立っている。

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岩陰からの目線を感じたかどうかはわからないが、

そしらぬそぶりで、泳いでいった。

トカシクビーチの海人ピーで撮影。

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2007年7月14日 (土)

渡嘉敷島、コロダイ

渡嘉敷島のコロダイ。

鯛という魚には色々種類があるけれど、

どれも海の中でみるととてもきれい。

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黄色い水玉模様で着飾っている。

ネクタイにもありそうな水玉模様。

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海人というポイントで撮影。

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2007年7月13日 (金)

渡嘉敷島、スカシテンジクダイ

渡嘉敷島のスカシテンジクダイ。

いつもスカシテンジクダイに囲まれると、

ふわふわになって、体から力が抜けて、

満たさた気持ちになる。

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トカシクビーチの海人ビーで撮影。

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2007年7月12日 (木)

映画「喜びも悲しみも幾年月」と男木島、女島、佐渡島など

木下恵介監督の映画「喜びも悲しみも幾年月」

瀬戸内海の香川県「男木島」

東シナ海の長崎県「女島」

日本海の新潟県「佐渡島」などいくつかの島がロケ地になっている。

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写真はロケ地の一つ、離島ではないが、本州(神奈川県)の観音崎灯台

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観音崎灯台から見た東京湾の眺め。

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2007年7月11日 (水)

海賊料理と瀬戸内水軍

瀬戸内水軍という海賊料理のお店が東京の田町にあるらしい。

こちらのブログで紹介されていた。

海賊料理とは、戦に勝利したときに食べた祝いの料理だという。

因島、来島、能島などの島の名前がついたコースもあるようだ。

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写真は、水軍のふるさと「因島水軍城」の看板。

東京の田町ではなく、瀬戸内海の因島で撮影。

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2007年7月10日 (火)

渡嘉敷島、カスミアジ

渡嘉敷島のカスミアジ

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海人というスポットで撮影。

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2007年7月 9日 (月)

渡嘉敷島、ハナミノカサゴ

渡嘉敷島のハナミノカサゴ

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海人というポイントで撮影。

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2007年7月 8日 (日)

日本の島、沖家室島

屋代島(周防大島)の東和町佐連(され)集落の南に浮かぶ、沖家室島(おきかむろじま)。

名称未入力

出稼ぎ漁の伝統があり、明治時代には、下関、佐賀、長崎などへ出漁をしていた。

(柳原一徳氏の「海から見た日本」によると、それぞれ、「馬関組」、「伊万里組」、「対馬組」などと呼ばれていたらしい。)

かむろ復刻版という書籍が販売されている。

そういった出稼ぎ漁の歴史が、ハワイ、北米、南米、台湾、など、海外への移民を多く輩出することに繋がったようで、ハワイの漁場を開拓したのは、沖家室島出身者によるところが大きいそうだ。

海へ漁に出る漁師からみると、下関、佐賀、対馬あたりは、意識の中ではそれほど遠くにあるわけでは無く、ごく近所であったのではないか。

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渡嘉敷島、ユカタハタ

渡嘉敷島のユカタハタ

浴衣を着ているようなハタ。

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海人というポイントで撮影。

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2007年7月 7日 (土)

渡嘉敷島、トウアカクマノミ

渡嘉敷島のトウアカクマノミ。

イソギンチャクがソファーベッドみたいで、

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なんだか気持ちがよさそうだ。

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なかなか見られない珍しいクマノミ。

渡嘉敷島の海人というポイントで撮影。

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2007年7月 5日 (木)

久高島のこと2、久高島の肝試し、それから久高島土地利用管理規則のこと

沖縄県の久高島。

久高島土地憲章の詳細を定めた規則が、久高島土地利用管理規則。

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久高島の港の丘で撮影。

この後、島に一軒だけという、すぐ脇の食堂で地元料理をゆっくりと食べ、

すると、

宿への帰り道は、懐中電灯がないと歩けないほど真っ暗で、

まるで肝試しをしているような感じになった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

久高島土地利用管理規則

第一条 この規則は、久高島土地憲章(以下憲章という)を円滑に実施するために、土地の利用と管理について定めるものである。
第二条 ①憲章第一条に定める字民は、土地を利用する場合、所定の書面  
をもって土地管理委員会(以下委員会という)に申請しなければならない。但し、申請人がかつて字民であった者の子孫である場合にはその関係を証明する書類、申請人が法人である場合には法人登記簿などの書類を添付しなければならない。代理人による申請には委任状の添付を要する。
②憲章第一条第二項の定住期間は、継続して三年間とする。
第三条 申請人はあらかじめ希望する場所を特定して申請することはできない。
第四条 委員会はこれらの申請について、次の各種の土地に関する規定に従って審議し、決定しなければならない。承認の決定は委員の三分の二以上の賛成を要する。但し、申請に利害関係のある委員は審議・決定に加わることはできない。
①宅地
委員会は、申請人が生活の本拠とするための宅地に限り、家屋の規模や家族構成などを斟酌して、百坪を上限に許可することができる。但し、土地使用貸借契約から二年以内に着工しなければ、委員会は土地の返還を求めなければならない。
②農地
委員会は農業経営の規模などを斟酌して、三千坪を上限に許可することができる。但し、農地を五年以上放棄した者はこれを字に返還しなければならない。
③墓地
委員会は墳墓の規模などを斟酌して、十坪を上限に許可することができる。墳墓の築造が緊急を要し、一坪以下の簡易な墳墓の場合には委員会の許可を要しない。但し、委員会が用地を指定し、字会の事後承認を得なければならない。
④その他事業用地等
申請人が、前①②③以外の用地として利用するときは、委員会は目的や工作物の規模などを斟酌(建坪面積の概ね三倍)して、三百坪を限度として許可することが出来る。但し、公益事業については、この限りではない。
公益事業を次のとおり定めることとする。
⑴公共事業
⑵電力供給
⑶水道・下水道
⑷燃料供給
⑸情報通信
⑹医療・保健・福祉
⑺その他字の公益に関する事業
⑤利用権を付与されている申請人は、事業目的、内容などの変更があったときは、委員会に届け出て承認を得なければならない。
第五条 土地の利用権を付与されている申請人は、その利用地に課される公租公課を負担しなければならない。
第六条 字は土地の公平・公正かつ適切な利用・管理のために、利用地の利用料を徴収することが出来る。
①事業用大規模農地 十円/坪(年間)
②その他事業用地  百円/坪(年間)
第七条 委員会は決定について字会の承認を得るため、区長に字会の招集を要請しなければならない。
①字会は委員会の決定を定足数の三分の二以上の無記名投票による賛成で承認することができる。
②前項の承認を受けた者は、手続費用として金一万円を納付するものとする。
③申請人は委員会および字会で承認されなかった案件について、以後一年間は同一内容の申請を行うことはできない。
④申請人は自ら字会に出席し、必要があれば補足説明を行わなければならない。但し、申請人が老齢または病弱の場合は代理人の出席を認める。
第八条 委員会は字会による承認または不承認について書面で申請人に通知し、申請人との間で土地使用貸借契約書を取り交わさなければならない。
第九条 申請人は事前に所定の書面による工事着手届を提出しなければならない。
第十条 委員会は着手届を受理したら、申請人の立会いのもとで承認された土地を測量して、表示標識を設置しなければならない。
第十一条 申請人は工事が完了したら、所定の書面による工事完了届を提出しなければならない。
第十二条 委員会は完了届を受理したら、使用貸借契約書の違反がないかどうかを確認し、違反があれば取消、原状回復、返還、損害賠償などの適切な制裁を講ずることができる。
第十三条 委員会は次のような文書類と印鑑等を備えなければならない。
①土地憲章、土地利用管理規則、土地利用基本計画
②会議録
③文書受理・発送簿
④申請書綴
⑤決定書控綴
⑥工事の着手届と完了届書類綴
⑦土地使用貸借契約書綴
⑧土地管理委員会文書の閲覧者名簿
⑨土地管理委員会委員長印
⑩受理印
第十四条 憲章第一条に定める字民は、これらの文書を自由に閲覧することができる。
第十五条 この規則は、委員会の提案を受けて、字会で定足数の三分の二以上の賛成をもって改正することができる。
第十六条 委員会は憲章に基づいて審議した結果について責任を問われないようにしなければならない。

附則
この規則は平成十一年八月十四日から施行する。

附則(平成十七年四月一日一部改正)
この規則は平成十七年四月一日から施行する。
     
(経過規定)
この規則の施行前に生じた事項にも適用する。

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2007年7月 4日 (水)

久高島のこと1、久高島土地憲章のこと

沖縄県久高島には、久高島土地憲章というものがある。

以前、久高島の人からその文書を送ってもらった。

おそらくは、イズム(主義)からできあがったのではなくて、土地に根ざした暮らしから自然に生まれたのだろう。

島というものの小宇宙が、天の川を仰ぎ見るような感じで伝わってくる。

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久高島に向かう船で撮影。

台風が近い、海はうねっていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

久高島土地憲章

前文 久高島土地憲章(以下憲章という)は、次のことを確認して宣言する。
久高島の土地は、国有地などの一部を除いて、従来字久高の総有に属し、字民はこれら父祖伝来の土地について使用収益の権利を享有して現在に至っている。字はこの慣行を基本的に維持しつつ、良好な自然環境や集落景観の保持と、土地の公正かつ適切な利用・管理との両立を目指すものである。
第一条 土地の利用権を享受できる字民とは、以下の者である。
①先祖代々字民として認められた者およびその配偶者。
②字外出身の者で現在字に定住し、土地管理委員会および字会が利用権を承認する者。
第二条 字民は次の各種の土地について、次のような権利を有する。
①宅地 
字民は従来の屋敷地を利用することができる。字民は世帯主として家屋を築造するときは、土地管理委員会の決定および字会の承認を得て宅地を利用することができる。但し、土地使用貸借契約から二年以内に着工しなければ、土地を返還しなければならない。また土地管理委員会は子孫不明または家祭祀の途絶えた屋敷地についてはこれを回収しなければならない。
②農地
字民は従来の割当地を利用することができる。字民は土地管理委員会の決定および字会の承認を得て新たに農地を利用することができる。但し、農地を五年以上放棄した者はこれを字に返還しなければならない。
③墓地
字民は従来の割当地を利用することができる。字民は土地管理委員会の決定および字会の承認を得て新たに墓地を利用することができる。
④その他
字民は従来の利用地については、利用を継続することができる。字民は土地管理委員会の決定および字会の承認を得て新たに土地を利用することができる。但し、利用が済みしだい土地を原状に復して、字に返還しなければならない。
第三条 憲章にもとづいて土地の利用と管理を担当する組織として、土地管理委員会を久高島離島振興総合センター内に置く。
第四条 土地管理委員会は区長、書記、字選出の村会議員、農業委員、郷友会代表者を含む十三名で構成し、委員は区長(二回目からは土地管理委員会の長)の推薦をうけて字会が選出する。
委員の任期は二年とし、再任をさまたげない。委員長は委員の互選による。土地管理委員会の庶務は字の書記を充てる。
第五条 土地管理委員会は次の事項に関して審議および決定を行なう。但し、決定は委員の三分の二以上の賛成を要する。
①土地の利用権の付与や回収など土地利用をめぐる一切の事項
②憲章等の違反に対する制裁に関する事項
③土地の改良・整備および植林・開墾に関する事項
④憲章の目的達成に必要または適当な事項
第六条 土地管理委員会は委員長がこれを主宰する。委員長は定例会を一月と六月に招集しなければならない。また委員長は必要と認めたときは臨時会を招集することができる。
第七条 委員長は土地管理委員会の業務状況について適宜字会に報告し、その決定については速やかに字会の承認を得なければならない。
第八条 字は土地管理委員会の運営費として、毎年度予算を計上しなければならない。
第九条 憲章の基本原則を変更するには字会の総意を要する。但し、その他の規則については、字会の定足数の三分の二以上の同意を得て改正することができる。
第十条 憲章を施行するための細則を別に定めるものとする。
 
 

附則
この憲章は昭和六十三年十二月三日から施行する。

附則(平成十一年八月十四日一部改正)
この憲章は平成十一年八月十四日から施行する。

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2007年7月 2日 (月)

周防大島のデュオ、マウンテンマウス

山口県周防大島のマウンテンマウスという兄妹の仲良しユニット。

瀬戸内の島々に暮らす人たちに元気をあたえたいと、島にちなんだ曲を披露しているらしい。

山口32の離島を歌の橋で繋げよう」などのCDがある。

山口県上関町にある八島の人たちとの出会い(こちらのブログに写真)を通して生まれた曲もあるとのこと。

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写真は、周防大島に行ったとき撮影。

この写真のどこかに仲良し兄妹ユニットはいたのだろうか?

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2007年7月 1日 (日)

サザエカレーの中ノ島、「離島発 生き残るための10の戦略」

「離島発 生き残るための10の戦略」

著者は、隠岐の島前は中ノ島の山内道雄氏(海士町長)である。

以前、その島おこしを聞く機会に恵まれたが、それが一冊の本になったようだ。

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アイランダーでも、サザエカレーをPRしていた、隠岐の中ノ島。

サザエカレーは、現在、年間4万個を売り上げる、ヒット商品になっている。

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2007年6月29日 (金)

式根島、伊勢エビ

式根島の伊勢エビ

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岩と間にいました。

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海洋基本法と離島(雑誌「島」のことなど)

(財)日本離島センターが発行している雑誌「島」の最新号(210号)で、

海洋基本法の第26条

「離島の保全等」という条文についての

時評が掲載されていた。

タイトルは~潮流 「海洋基本法」離島条項の読み方」~

その他にも、この号には、

~映画「裸の島」は何を遺したか~

などが掲載されていて、面白い。

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写真は、(財)日本離島センターが毎年開催しているアイランダー。

2001年に撮影。

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2007年6月28日 (木)

離島に橋がかかると半島になる。(あくまで法律の話ですが・・)

離島と本土を結ぶ橋がかかる。

すると、離島振興法における離島の条件が伴わなくなって島でなくなる。

だから、離島振興法における指定解除の島になる。

ただ、地域格差があるので、半島振興法で再指定される。

つまりは、半島と見なしての地域振興が始まる。

こういった事例が全国各地にたくさんある。

例えば、鹿児島県離島振興課のホームページに長島本島などが挙がっている。

「離島に橋が架かると半島になる」

これまでの日本における離島振興の一つの側面である。

こういった島は、いったいいくつあるのだろうか。

Dsc02255

沖縄県の宮古島で撮影した橋。

(本文とは一切関係ありません。きれいな写真なので載せました。)

Dsc02258

ちなみに、架橋の経緯と技術などの解説が、橋の近くにありました。

(こちらも、写真と本文は一切関係ありません。)

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2007年6月24日 (日)

奄美大島、ハチマキダテハゼ

奄美大島のハチマキダテハゼ

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テッポウエビと一緒に暮らしている。

Dsc03112

眼の後ろに焦げ茶色の鉢巻ようのな線がある。

「日本の海水魚」という図鑑に載っている。

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宮古島、海の地形

宮古島の海の中。

地形。

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2007年6月23日 (土)

奄美大島、アオスジリュウグウウミウシ

奄美大島のアオスジリュウグウウミウシ

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2007年6月22日 (金)

奄美大島、オトヒメウミウシ

奄美大島のオトヒメウミウシ。

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乙姫といえば、竜宮で暮らしている美しい姫。

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浦島太郎に別れを惜しみながら玉手箱を渡した。

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2007年6月21日 (木)

奄美大島、テーブルサンゴ、映画「男はつらいよ」満男の海

奄美大島のテーブルサンゴ。

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加計呂間島と奄美大島の間の海。

寅さんの48作「寅次郎紅の花」で、甥の満男が素潜りをしていた癒しの海。

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2007年6月20日 (水)

奄美大島、シマキンチャクフグ

奄美大島のシマキンチャクフグ

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上から撮って。

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横から・・・、泳いでいってしまいました。

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2007年6月19日 (火)

奄美大島、オオモンイザリウオ

奄美大島のオオモンイザリウオ。

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フラッシュで撮影すると。

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こんな色でした。

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2007年6月18日 (月)

奄美大島、キホシスズメダイ

奄美大島のキホシスズメダイ。

黄色い尾びれに黒の点がトレードマーク。

台風の影響で、透明度がいまいち。

台風は遠くても、海はつながっている。

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奄美大島の黒崎東で撮影。

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2007年6月17日 (日)

金子みすゞの仙崎湾、海の健康診断、結果は良好。

海洋政策研究財団が全国の71カ所の閉鎖性海湾を診断したところ、「要精密検査」となった海湾が90%もあったという。

海守ブログに載っていた。

水質、潮位振幅、藻場・干潟の面積、漁獲量などを検査した結果だそうで、

どの項目でも「要精密検査」と判定が出なかった健康な海湾は7カ所だったとのこと。

その一つが、本州の西端の日本海側にある山口県の仙崎湾。

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穏やかな仙崎湾。

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仙崎といえば、金子みすゞのふるさとである。

仙崎の商店街にある「金子みすゞ記念館」

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写真は、金子みすずが暮らしていた部屋。

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仙崎の小学校にある「わたしと小鳥とすずと」の歌碑。

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写真は、すべて数年前の1月に仙崎で撮影したもの。

ちなみに、他に要精密検査とならずにすんだ湾は、岩手県の宮古湾、宮城県の万石湾、福島県の松川湾、福井県の敦賀湾、福井県の矢代湾、並びに香川県の志度湾であったようである。

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2007年6月16日 (土)

渡嘉敷島、阿波連ビーチ

渡嘉敷島の阿波連ビーチ。

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お気に入りの場所。

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島の中腹からの眺め。行きつけの宿の方が連れて行ってくれて撮影したもの。

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白い砂浜で。

午後、ただのんびりと海をながめる。

ざぶん、ざぶん、と波の音。

いつも、いつの間にか時間がたっている。

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2007年6月15日 (金)

渡嘉敷島、第2次世界大戦と根元家の石垣

根元家の石垣、渡嘉敷村有形文化財である。

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遣唐船の船頭役を務め「唐儲け」で建設されたとある。

琉球王朝時代の繁栄がしのばれる。

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第2次世界大戦で、東の一部が破壊されたが、現在は復旧されている。

渡嘉敷島の集団自決については、島のお年寄りたちも、あまり詳しく話をしたらがなし、こちらも話を聞きたくはない。

この話を初めて島の人から聞いたとき、南の島の明るさと、話の重々しさが幾重にもかさなって、胸が張り裂けそうになり、返す言葉が見つからなかった。

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2007年6月14日 (木)

沖縄戦・渡嘉敷島「集団自決」の真実

沖縄戦・渡嘉敷島「集団自決」の真実(曽野綾子著)を以前に読んだことがある。

渡嘉敷島の集団自決については、他にも色々な説があって私にはよくわからない

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島には、集団自決の碑があるが、カメラにおさめる気にはなれなかった。

写真は渡嘉敷島の美しい砂浜。

まもなく日が沈む頃。

この浜辺で夕日を眺めていると、いやな出来事が遠くなる。

海からのそよ風が心地いい。

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2007年6月13日 (水)

奄美大島、カクレクマノミ(ニモ)

奄美大島のカクレクマノミ

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ちょこちょこと、かくれんぼ。

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いちおう、かくれているつもり。

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ときどき、イソグンチャクの隙間から、こちらの様子をうかがっている。

奄美大島で撮影。

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2007年6月12日 (火)

粟国島の海の中(地形)

粟国島の海の中。

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地形が入りくんでいる。

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光がそこに淀んでいるような感じ。美しい。

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自然のトンネルを抜けて明るいところへ。

粟国島のパイプラインで撮影。

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2007年6月11日 (月)

渡嘉敷島、イシガキカエルウオ

渡嘉敷島のイシガキカエルウオ。

愛嬌のある魚で、愛らしい。

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渡嘉敷島、トカシクビーチの龍宮で撮影。

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2007年6月10日 (日)

島からの視座(バイオエタノールと食糧危機)

バイオエタノールでバイオガソリン。

サトウキビ、トウモロコシなどからつくるバイオエタノールの増産が続いている。

日本でも米をバイオエネルギーとして利用しようという計画が各地で始まっている。

「減反でお米の耕作地が減るぐらいなら、食料としてでなくエネルギーとしてでもいいから、お米がつくれる土壌を守った方がいいのではないか。なにしろ、日本の食糧自給率(穀物ベース)は30%をきっているのだから・・・。(ちなみに、カロリーベースは40%をきっている)」そんなふうに漠然と考えていたのだが、

島旅をしているときに、とある有識者から

「それは違うのではないか。」と指摘された。

「世界は食糧危機であり、それはおかしい。」というのである。

それから、一年ほど経つが、バイオエタノールの生産を目的としたトウモロコシ等への転作が増えたことから、明らかに、オレンジ、小麦、並びに大豆などの価格が上昇し始めた。

我々の食卓に何かが起こり始めている。

土地の広さは限られている。

大陸だけでなく、日本の島々でも何か大きな変化がおこりそうな気配である。

沖縄など、南の島にはサトウキビ畑が多く、黒糖の生産などにも少なからぬ影響があるだろう。

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沖縄島(沖縄本島)で撮影。

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2007年6月 9日 (土)

渡嘉敷島、アカヒメジ

渡嘉敷島のアカヒメジの群れ。

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渡嘉敷島、トカシクビーチの龍宮で撮影。

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2007年6月 8日 (金)

渡嘉敷島の空(海から見た青空)

渡嘉敷島の空。

海から見た空も美しい。

魚たちはこういう空を見ながら暮らしている。

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渡嘉敷島、トカシクビーチの龍宮で撮影。

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2007年6月 7日 (木)

日本の島、松島(知らんぷりをしない島)

「甦る ひょうたん島、佐賀・松島」という島の再生をテーマにした映像がNHKにある。(NHKアーカイブス)

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昭和63年に島の小学校(分校)が閉鎖されたが、平成8年に10年ぶりに再開された。

島ではごく普通のことなのだが、島の人たちがお互いに助け合い、「知らんぷりをしないこと」によそ者が感心して心を打たれていたのが印象的であった。

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2007年6月 6日 (水)

渡嘉敷島、ヨスジフエダイ

渡嘉敷島のヨスジフエダイ。

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すました顔をしている。

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黄色にブルーのラインが4つ。

きれいな魚だが、人に釣られて食べられている。(食用種)

渡嘉敷島、トカシクビーチの龍宮で撮影。

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2007年6月 5日 (火)

渡嘉敷島、カンモンハタ

渡嘉敷島のカンモンハタ。

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珊瑚礁の浅いところで暮らしている。

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渡嘉敷島、トカシクビーチの龍宮で撮影。

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2007年6月 4日 (月)

渡嘉敷島、トガリエビス

渡嘉敷島のトガリエビス。

赤色をして岩陰に隠れるようにしている。

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渡嘉敷島、トカシクビーチの龍宮で撮影。

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2007年6月 3日 (日)

渡嘉敷島、デバスズメダイ

慶良間諸島の渡嘉敷島。

デバスズメダイ。

近づくとみんないっせいにサンゴの隙間に隠れる。

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出たり入ったりがかわいい。

渡嘉敷島、トカシクビーチの龍宮で撮影。

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2007年6月 2日 (土)

渡嘉敷島、ハリセンボン(ひと休み)

慶良間諸島の渡嘉敷島。

ハリセンボンが数匹、珊瑚の日傘でひと休み。

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渡嘉敷島のトカシクビーチ、龍宮で撮影。

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渡嘉敷島、グルクンの群れ

沖縄の慶良間諸島。

渡嘉敷島のグルクンの群れ。

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何年か前の今頃。

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渡嘉敷島のトカシクビーチ、龍宮で撮影。

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2007年6月 1日 (金)

日本の島、怒和島

忽那諸島の怒和島(ぬわじま)

派米農業実習生としてアメリカ合衆国で農業を体験したそうで、レモンの島として知られている。

人口は580人(平成18年7月)である。

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2007年5月31日 (木)

日本の島、由利島の公衆電話

忽那諸島で今は無人島となった由利島。

無人島となった後も漁業者の「命の電話」として公衆電話が残された。

全国的にも珍しくて評判になったそうである。

昭和61年に使用頻度が少ないことから撤去されたが、海底ケーブルが故障するまでということで、二神島が費用をもって再び設置された。

そして、平成5年2月、とうとう電話が不通になって撤去されてしまったようで、今では木造の電話ボックスだけが残っているという。

ちなみに、忽那諸島には、6つの有人島と22の無人島がある。

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忽那諸島で撮影。

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2007年5月30日 (水)

二神島の巨大サボテン

二神島には巨大サボテンなサボテンがある。

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瀬戸内海はサボテンがよく育つ。

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2007年5月29日 (火)

忽那諸島、中島の桑名神社

忽那諸島の中島は奈良時代には法隆寺の庄がおかれていた。

庄とは、管理事務所や倉庫のようなものであったらしい。

平安時代には朝廷の放牧場(官牧地)があり、牛や馬が放牧されていたそうで、島内の神社には馬頭明神(ばとうみょうじん)や牛頭明神(ごずみょうじん)が祀られている。

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桑名神社の入り口

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桑名神社、延暦23年(804年)に創建された。

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馬頭(ばとう)宮とある。

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絵馬で知られている。忽那水軍の倭寇交易時代の名残を伝えるものが多いと聞いた。

ちなみに、写真の船絵馬はそれほど古いものではないようだ。

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2007年5月26日 (土)

宮本常一 生誕100年 福岡フォーラム

コメントが寄せられたお知らせです。知人の名前を見つけました。

宮本常一 生誕100年 福岡フォーラム
宮本常一を語る会主催
5月27日(日) 13:00~17:00
アクロス福岡 円形ホール

フォーラム概要
主催者あいさつ[ 代表世話人 長岡秀世 ]13:00~13:10
ドキュメンタリー鑑賞[ "学問と情熱"シリーズから ]13:13~14:00
基調講演[ "家郷の訓"と私 原ひろ子 氏 城西国際大学客員教授 お茶の水女子大学名誉教授 ]14:05~15:20
パネルディスカッション[ コーディネーター 長岡秀世 ]15:35~16:45

パネリスト
武野要子 氏 (福岡大学名誉教授)
鈴木勇次 氏 (長崎ウエスレヤン大学教授)
新山玄雄 氏(NPO周防大島郷土大学理事 山口県周防大島町議会議長)
佐田尾信作 氏 (中国新聞記者)
藤井吉朗 氏 「畑と食卓を結ぶネットワーク」
照井善明 氏 (NPO日本民家再生リサイクル協会理事一級建築士)

作品展示
宮本純子[ 宮本常一名言至言書画作品 ]
瀬崎正人[ 離島里山虹彩クレヨン画作品 ]
鈴木幸雄[ 茅葺き民家油彩作品 ]

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2007年5月19日 (土)

日本の島、比岐島(日本に残された電気のない有人島)

電気が導入されていない有人島が今もある。

それが、愛媛県の来島群島地域にある比岐島(ひきじま)である。

面積は0.3k㎡で周囲は3.3kmの小さな島で、今治市の東にある。

愛媛県離島青年協議会の資料をみると、「慶長年間(1596年~1615年)に松を植栽したという記録が残り、松の茂った島の守役人を入島させたのが定住の始まりと言われる。」とある。

かつては、人口も70人を数え、小学校も中学校もあったそうだが、(ちなみに、明治34年から大正14年までは義務教育は免除され、島に家庭教育場がおかれていた)、このままだと無人島になってしまいそうな勢いで人口が減っている。

現在、定期航路はなく、4世帯6人の住人が柑橘栽培や漁業を営んでいるという。

いまだ、電気が引かれておらず、日没から午後10時まで発電機を使って数時間だけ点灯しているそうである。

「定期船がない、医者がいない、水道がない、学校がない、それに電気までもない。・・・定期船・医者・水道・学校よりも、電気導入のみでまさに光が見えてくるのではないだろうか。」と知りあいの離島振興の関係者からいただいた資料に記されている。

この比岐島の話を聞いたとき、まず青森県と秋田県の県境にある青荷温泉のランプの宿を思い出した。

ランプの宿には電気があるのだが、基本的に電気をつけずにランプを灯す。

ランプの光はいつも移ろっていて、どこか妖気がただよい、物陰には蛍光灯では見られないはっきりとした陰影ができて、黒い中に何かが潜んでいるようで怖い。

子供の頃に感じた、いわれのない怖さ、何ものかに対する畏怖の気持ちが甦ってきた。

暗闇の中で風にざわめく木立を見つめながら、「今日、父親が威厳を無くしたのは、ひょっとしたら電気のせいではないか。」と考えたりもした。

かつて、暗闇の中、父は子に頼りにされたに違いないし、家族が助けあうことが必然的に求められただろう。

ところで、電気が引かれたことを心から歓ぶシーンといえば、「おしん」や「北の国から」を思い出す。電気という文明は、誠にありがたいものである。

そして今、比岐島には、2つの選択が残されている。

一つは、電気を導入するように働きかけて行くこと。

もう一つは、電気がないことをむしろ誇りにして、それを逆手にとることである。

私は、離島の苦しみを骨の髄まで知らないから、電気がないことに魅力さえ感じてしまう。

叱られてしまいそうだが、それは正直な気持ちである。

「ランプの宿のような発想で、よそ者を呼び込んだらどうでしょう。」

そう喉元まで言葉があがってきたのだが、

「お前はまだまだ修行がたらん」と、誰かから思われそうな気がして、言葉を胸にしまい込んだ。

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青荷温泉の宿で撮影。廊下にあるランプ。

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宿泊した部屋のランプ。光がゆらいで陰が動く。

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温泉もランプだけで、真っ暗闇。

だが、だんだんと目が慣れてきてゆっくりと動けるようになる。

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2007年5月18日 (金)

小さな離島のお店

小さな離島ではよく、地域ぐるみのお店をよく見かける。

そういったお店の中には、島の人たちの共同出資によって運営される「共同店」と呼ばれるお店もある。

そして共同店は今も元気である。

島での生活にお店が不可欠で、共同店がないと生活が成り立たない。

だから、皆で支えている。

共同店は、ずっと前から続いているコミュニティビジネスといっていいだろう。

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2007年5月17日 (木)

海のゴミについて

2006年の日本、国内法において合法的に海に捨てられた廃棄物の総量。

それは、年間770万トンであった。

海守ブログに掲載されている。

2007年4月から国内法が改正され、廃棄物の海洋投入処分が原則禁止になったが、それまでは合法的にゴミを捨てることができた。

ビニール袋一つでウミガメが死んでしまうのに、法的には今まで野放しになっていた。

いいニュースというより、今まで放置されていたことが不思議。

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写真は、アイランダーで撮影した島の漂流物展示コーナー。

椰子の実などに混ざってゴミもたくさん展示されていた。

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2007年5月16日 (水)

石垣島リトルトーキョー(島の移住問題)

空き家の貸し出しなど、地方で田舎暮らしの争奪戦が繰り広げられる一方で、石垣島では移住者の増加に頭を抱えている。

移住者の急増によってインフラ整備の費用がふくれあがり、石垣市の医療費負担の増加などが懸念されている。

また、自然破壊につながること、地元とのコミュニティの難しさ、さらには景観破壊など、多くの問題を抱えている。

この石垣島移住問題はテレビや雑誌などでも何度も取り上げられているので、ご存じの方も多いかと思うが、この問題を論じたブログ「もはや「団塊様、お断り」を見つけた。

そもそも、沖縄への移住を希望する人は多い。私の周りにも何人も移住を希望しているし、すでに移住した人もいる。

しかしながら、石垣島で今行われているような土地開発型の移住は、ともすると「石垣島リトルトーキョー」と呼ばれる地区を生み出し、このままだと島がメルティングポットになるのではなく、まるでゲットーのようになってしまうのではないか。

本州と違い、離島は自然、産業、生活のバランスがはっきりとわかる。

石垣島は離島だから、その問題にすぐに気がついたのだろう。

島では身の丈にあった受け入れについて考えることが求められているようだ。

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写真は石垣島で撮影した宮良殿内(めーらどうぬず)

古くからのお屋敷で、今は国の重要文化財建造物に指定されている。

「石垣島リトルトーキョー」の景観とは随分と違っているようである。

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2007年5月15日 (火)

空き家の貸し出し

空き家を移住希望者に貸し出し、地域活性化をはかろうという試みが各地で行われている。

もちろん、離島でも盛んである。

そこでは、

・改修の資金をどうするか

・地元に、どのようにとけ込んでいくか(人間関係づくり)

・建物の状態をしっかりと把握すること(入居可能かどうか。耐震強度など)

など、多くの課題がある。

全国各地、田舎暮らしを希望する人の誘致合戦が繰り広げられ、需要(移住希望者)より供給(誘致する自治体)のほうが多い状況でなかなかむずかしそうである。

山梨県早川町にあるNPO法人、日本上流文化圏研究所発行の「上流圏だより」に、

・島根県南海町の使用可否の判断基準、

・山梨県の旧芦川村の改修資金の調達方法、

・福島県川俣町の移住者受け入れのプロセス、

・京都府綾部市の興隆寺町との連携による関係づくり

が受け入れのための参考事例として紹介されている。

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広島県の生口島、宮原地区にある空き家。

子供の頃に遊びに行ったことのあるお家である。

離島をはじめ、全国各地に空き家が増え続けている。

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2007年5月14日 (月)

日本の島、野忽那島

野忽那島(のぐつなじま)には、シーサイド留学センターがある。

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小学校の存亡をかけて始まったという。平成18年で17年目となる。

留学生も延べ106人で、家族ぐるみの交流の輪が育っていると聞いた。

留学してきた小学校の子供たちは自然豊かなこの島で生活している。

ちょうど「北の国から」のように都会にはない何かを見つけて帰って行くのだろう。

また、額場(ぬかば)海水浴場は穴場で世俗化していなくいらしい。それを避ける海水浴には穴場でおすすめとのこと。

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それから、皿山展望台からの眺めは美しい。

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以前にもこのブログでご紹介したが、「船を降りたら彼女の島」にもこの皿山からの風景が映っている。

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2007年5月10日 (木)

日本の島、睦月島

忽那諸島の睦月島(むづきじま)は縞売りで知られていた。

「睦月の縞売り」と縞模様の伊予絣の行商を呼んだそうである。

睦月の縞売り達は、全国各地で商いをして大いに栄えたそうで、それ故に、睦月島の家は立派な長屋門をもつ家がいまでも残っている。

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島の中腹にあがると、延長が14.7kmというの長い農道があった。

その農道に「島四国八十八カ所」と「西国三十三カ所」のミニコースが設置されている。

島の人たちが、あれこれ考えて設置したのだろうか、それほど古いものではないと聞いた。

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その農道からの瀬戸内海を眺めていると、背伸びをして深呼吸をしたくなるほど、のびのびとした気持ちになる。

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また、島には、大きな楠があった。

二股に分かれていて、その偉容から夫婦樟(めおとくす)と呼ばれている。

夫婦は仲良く並んでいるのではなくて、元は一本の楠であった。

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写真は、島の人に案内をしてもらいながら、時々立ち止まって撮影した。

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2007年5月 8日 (火)

日本の島、中島

忽那諸島の中で、一番大きな島が中島(なかじま)である。

面積は、21.14k㎡、周囲は、31.2kmと大きく、バスで一周した。

人口も3,707人(2005年)と多くの人が住んでいる。

高校もある島である。

(愛媛県立松山北高校中島分校)

また、大きな病院もある。

島のほとんどが柑橘園となっていて、初夏には島全体がミカンの花の香りに包まれるという。

それから、トライアスロンの島としても知られている。昭和61年から始まった行事で、アットホームな大会として人気があり、平成18年には第21回大会が開催され、全国から401人が選手として参加している。

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写真は、中島の中島港を発って中島を眺めながら撮影。

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2007年5月 7日 (月)

日本の島、二神島

忽那諸島の南西端にある島。

それが二神島(ふたがみじま)である。

元は、島に松が多かったため、松島と呼ばれていたらしい。

今では、柑橘類が植えられ、松はそれほど目立たない。

平成8年から海水淡水化施設が稼働し、飲料水の安定供給が出来るようになった。

診療所は一カ所あるが、常駐の医療従事者はなく、出張医療にて対応している。

島の人から、Dr.コトー診療所のような話を聞いた。

聞いた人たちは、皆、知らず知らずに涙腺が少しゆるみかけたようでもあり、

「お医者さんがいてくれたら」と、離島における医療の厳しさを思い知った。

島の高齢化率は72.9%(2005年)と著しく高い。

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二神島の急傾斜地を登り、その中腹から撮影。

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2007年5月 6日 (日)

日本の島、津和地島

日本離島研究会の人たちと訪れた忽那諸島(くつなしょとう)。

その忽那諸島の西端に津和地島(つわじじま)がある。

津和地島は海上交通の古くから要衝で、松山藩の御茶屋が建てられていたという。

瀬戸内海で最初の灯台となる常夜灯が灯されたのも津和地島である。

農業は柑橘が中心だが、タマネギやスイカも栽培され、漁業はタコやタイがたくさん捕れる。

島の中央を横断する貯水トンネルが平成11年に造られ、全世帯50日分の水がためられ、夏の渇水にも安心して生活が出来るようになった。

島ではまず第一に水の確保が不可欠である。

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津和地島の漁港で撮影。

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日本の諸島、忽那諸島

日本離島研究会の人たちと忽那諸島(くつなしょとう)を訪れたことがある。

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そこで、その忽那諸島の島々を紹介していきたいとおもう。

写真は、忽那諸島のある瀬戸内海。

船上で撮影した。

そろそろ夕方、島歩きでお腹がすき始めた頃。

空もだんだんとオレンジ色に染まり始めているようだ。

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日本の島、母島

母島は、父島から南へ約50kmの洋上に受かぶ南北に細長い島である。

母島観光協会のホームページに観光情報が掲載されている。

こちらも父島と同様にホエールウオッチングで知られているが、フィールドトレッキングも見逃せないという。

ハハジマメグロは、母島にしかいない特別天然記念物だといい、山には小笠原にしかない固有植物がたくさん自生しているそうである。

小笠原諸島の特徴は、島の誕生以来一度も大陸とつながったことがないことであり、島に生息する動植物は、風、海流、並びに鳥などに運ばれてきたものばかりで、それ故に小笠原にしか見られない固有種が多いそうである。

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日本の島、父島

父島は小笠原諸島で一番大きな島である。

小笠原村観光協会のホームページに観光情報が載っている。

ザトウクジラが冬から春にかけて子育てにやってくる、また、春から秋にかけてはマッコウクジラがいて、ホエールウォッチングのメッカとなっている。

そのほかにも、ドルフィンスイム、シーカヤック、それからダイビングなど、マリンスポーツが楽しめる。

ミナミハンドウイルカとハシナガイルカがいてドルフィンスイムも楽しめるそうである。

人とよく遊んでくれるのがミナミハンドウイルカ、ジャンプが得意なのがハシナガイルカだと聞いた。

島には貴重な乾性低木林が広がっていて、カタマイマイなど固有種の宝庫だという。

以前、行く予定があったのだが、残念ながら台風で欠航となってしまった。

是非とも行きたい憧れの島である。

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イベント「アイランダー」に行けば、島の様子は島の人から直接聞くことが出来る。

小笠原諸島のブースには毎年訪れている。

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2007年5月 3日 (木)

青ヶ島で聞いたパーフェクトストームみたいな大波

青ヶ島の港は、要塞のようである。

聞くと、台風の時などに大きな波が来るので、その時に船をずっと上の方に引き揚げておくのだという。

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「その大波は、映画”パーフェクトストーム”みたいに凄いんですか?」

と冗談交じりで問いかけると

「ああ、ああ、あんな感じ。」

と笑いながら答えてくれた。

そして、「あの映画の波は何メートルぐらい?」などどそばにいた島の人に聞いている。

そうこうするうち、

「いや、あの映画の大波とそんなに変わらないんじゃないかな。なにしろ、あそこの上あたりまで波が来たことがあるんだから。」と

どこか誇らしげに、要塞のような絶壁の遠く上の方を指さした。

その指の先を見上げると、あまりに高くて、くらくらとめまいがしそうである。

そんな話を聞いていると、太平洋に浮かぶ絶海の孤島にいることが急に現実味を帯びて感じられ、自分がどんどん小さくなっていくような気がした。

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2007年5月 2日 (水)

日本の島、青ヶ島

青ヶ島と言えば、地熱サウナである。

天然の蒸気を利用したサウナなのだが、どこか心地よい。

そのサウナの浴場では、「地熱ゆで卵」もつくっている。

それから、以前紹介したが、「ひんぎゃの塩」は黒潮の恵みで、これも地熱を利用したものである。

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青ヶ島の地熱サウナ。許可を得て撮影させてもらった。

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日本の島、硫黄島

東京の竹芝桟橋から南へ約1,300km、太平洋戦争の激戦の島、硫黄島がある。

面積は、わずか22k㎡の島に、8万人あまりの日米両軍が36日間に渡って攻防した。

日本軍が約2万人、米軍が約1万7千人の死傷者を出したというのだが、その数字からは当時の様子を想像することができない。

硫黄島へは上陸できないが、船上より献花、黙祷し慰霊する、硫黄島クルーズの企画がある。

日本を最前線で守っているのは、古くから本土から離れた島々である。

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日本の島、粟島

新潟県の佐渡島の北に粟島がある。

漁業が盛んな島で、ブルーツーリズムの企画があると聞いた。

また、美男美女の島だという。

粟島浦村のホームページには、”明治時代発刊の「越後風俗志」によると、「男子は体格偉大強健にして容貌和順、女子は眉目清秀多し。」とあり、・・・・・・」などと紹介されている。

人口は約450人、岩船港から高速船が粟島港まで渡ることが出来る。

刺し網の設置、刺し網の引き上げ、刺し網の魚はずし、そして「わっぱ煮」づくりなどが体験できるそうで、いつか参加したいと思った。

わっぱ煮とは、わっぱに焼き石を入れて調理するもので、豪快な料理のようだ。

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日本の島、八丈島

八丈島は、黄八丈という織物が知られている。

黄八丈は、八丈島の名前の由来であるともいわれ、八丈島の織物が黄八丈ではなくて、黄八丈が織られているから八丈島ということである。

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(黄八丈の織物体験ができる。

八丈島の織物工房で撮影。)

また、「くさや」の香りは他の島よりも軽い感じで、マヨネーズなどをつけると食べやすい。

都会では、なかなか焼くことが出来ないが、島で食べるとなぜかひと味違う。

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八丈島は道路が整備されている。

利便性と引き替えに八丈島らしさが失われたという意見を現地で色々な人から聞いた。

八丈島らしさを今後どのように再発見していくのかが問われているようだ。

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日本の島、御蔵島

御蔵島といえば、巨樹である。

なんと、日本の巨樹の5%が、この小さな島にある。

スダジイ、ツゲなど491本もの巨樹があるのだが、島の方からは

「見慣れているので、それが大きいとは、外の人から言われるまで気がつかなかった。」

と聞いた。

神々しい島である。

また、イルカがいることでも有名で、ドルフィンスイムもできる。

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神々しい巨木が茂る御蔵島。

写真は、島の方に連れて行ってもらって撮影したもの。

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日本の島、三宅島

三宅島には、大路池(たいろいけ)がある。

約200年前の火山爆発で出来た周囲約2km、水深約30mで大きい。

淡水の火口湖で、その周りで野鳥がたくさん暮らしている。

伊豆七島の特産種で天然記念物のアカコッコなどを見ることが出来る。

また、噴火で人が離れていたため、海には魚がたくさん戻ってきていて、

ダイナミックなダイビングが体験できるらしい。

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噴火で全島避難の時の三宅島。

2001年に撮影。

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日本の島、地内島

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式根島から伊豆大島に向かう船で撮影した地内島。

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日本の島、神津島

神津島といえば、天上山トレッキングである。

標高572mも高さがあり、高山植物も自生している。

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神津島の天上山で撮影。

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2007年5月 1日 (火)

日本の島、新島

伊豆諸島の新島に、「新島ガラスセンター」がある。

世界的にも珍しい「コーガ石」を原料につくるガラスが新島ガラスで、私も、グラスやビアピルスナー、それからハコフグのパーパーウェイトなどをもっている。

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毎年、新島国際ガラスアートフェスティバルが開催され、ガラスアートでも有名である。

(写真は、新島ガラスセンターで撮影した。)

また、神殿風の露天風呂、「湯の浜露天温泉」など、海を見ながら温泉に浸かれる。

サーフィンのメッカで、世界中からサーファーが集まってくる。

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新島が間近に迫っている。朝早く着いた。

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日本の島、式根島

式根島はそれほど起伏が無く平らな島である。

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(式根島の神引展望台で撮影。奥に見えるのは新島。)

そして、式根島といえば、まずは温泉だろうか。

足付(あしつき)温泉、地鉈(じなた)温泉などがある。

また、神引(かんびき)展望台からの眺めは絶景で、伊豆半島や富士山、それから伊豆七島(八丈島は見えない)が見渡せる。

また、島には、ローマの「真実の口」のようなものがある。

是非一度、この口に手を入れてほしい。

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式根島の湯加減の穴。ローマの休日「真実の口」の式根島バーションだ。

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日本の島、利島

伊豆諸島の利島は、日本一のツバキ油の生産高を誇っている。

島の斜面は、一面、ツバキ畑である。

このツバキ油、品質も良く、優れた特産品なのだが、高価なのでなかなか売れないと聞いた。

お土産用は、もう少し容器を小さくして、つまりはサンプルのようにして500円ぐらいで売れば、買っていく人も増えるのではないか。

まだ一度も使用たことがないもの、値段がはるもの、重いものだとなかなか手が出ない。、

お土産屋さんで、そう感じた。

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利島の港で撮影。斜面はツバキ畑である。

サクユリという、ユリがある。ヤマユリが伊豆諸島で分化した品種だそうである。

そのサクユリを品種改良した「シントシマ」は、大輪で美しい。

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日本の島、伊豆大島

伊豆大島は椿などで知られている。

その椿の花びらや明日葉を使った「椿花染め」という島体験が紹介されたチラシがあった。

また、明日葉の収穫や郷土料理体験、椿の原木を使った「あんこ人形」作りなども紹介されている。

以前、夕日の美しさをPRしていたのも、伊豆大島である。

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伊豆大島を船から撮影。大きな島で、写真に全体を写すことが難しい。

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沖縄本島の崎本部ビーチのゴンズイ

沖縄本島の崎本部ビーチで見つけたゴンズイ。

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毒があるから要注意。

ミミズのように絡まりながらかたまりになって群れていた。

「千と千尋の神隠し」でみた、何かに似ている。

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2007年4月30日 (月)

瀬底島のラビリンス

沖縄の瀬底島のラビリンス。

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まさに、迷宮といった感じ。

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水納島のスカシテンジクダイ

「どんな魚が見たい?」と聞かれれば、スカシテンジクダイ。

スカシテンジクダイに囲まれると、なぜか幸せ感がある。

思わず群れの中に入る。

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彼らは敵から身を守るために群れで行動するらしいのだが、

どうして、こんなにぶつからないで上手く一緒に行動できるのか、いつもとても不思議。

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水納島のガーデンイール

沖縄の水納島の形は空からみるとクロワッサンのよう。

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海の中ではガーデンイールが顔を出している。。

和名はチンアナゴ。

プランクトンを食べているらしい。

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2007年4月29日 (日)

伊江島の地形

伊江島の地形

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伊江島は陸も特徴的だが、海底にも迷路がたくさんある。

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2007年4月28日 (土)

伊江島のハナミノカサゴ

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伊江島で撮影。

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伊江島のカクレクマノミ

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沖縄の伊江島で撮影。

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2007年4月21日 (土)

海洋基本法について

海洋基本法が成立した。

海守のブログにその詳細が掲載されている。

日本は「海と島の国」、最近、海外で日本と聞いて浮かぶイメージについてアンケートしたが、海(sea)、島(island)に印を付けた回答者が多かった。

「日本人より、海外の方々の方が、日本が海洋島嶼国家であることを深く認識しているのではないか?」

海外でヒアリングをしていて、そう感じた。

ブログには「海に守られ、海から多くを与えられてきた私たちの国が
海を守り育んでいく国へと転換していくことが期待されています。」とある。

ニュースを聞いて、ホエール・ウォッチングできらきら輝く大海原を静かに見つめている時のような爽やかな気持ちになった。

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沖縄の慶良間諸島で撮影。

この日、ザトウクジラに何度も出会った。

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2007年4月19日 (木)

島へ~海を渡る音(東京の夏・音楽祭2007)

アリオン音楽財団が「島へ~海を渡る音」という音楽祭を企画している。

ホームページをみると、

「古くから、大洋や内海に浮かぶ島々は、海上をゆく貿易商人や旅人たちの通り道でした。人々の往来とともに、さまざまな文化もまた、島々を通過していきます。そのまま行き過ぎるもの。留まるもの。根を下ろすもの。…島には、陸続きの土地とは異なる生活文化の混交があります。島とは、内なるものと外なるものとが出会う場所。さまざまな時空の海を漕ぎ渡りながら、そこに浮かぶ島々の芸術文化を紹介します。」

とある。

青ヶ島やパラオと小笠原の音楽、それから八丈島でのシンポジウムなどもあるようである。

アイスランド、カリブの島、タンザニアの島など海外の島嶼文化も堪能できそうで、楽しみな企画である。

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2007年4月18日 (水)

生口島「シトラスパーク瀬戸田」の送迎車

「シトラスパーク瀬戸田」の送迎車に乗ったことがある。全国各地のテーマパークと同じように、色々と集客のための策を練っているのだが、この日は私しか乗っていなかった。

国内各地で見られる光景だが、離島では特に、エンターテインメントによる活性化には限界があるだろう。島外の方々と協力し合って研究開発していくことが求められている。

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「シトラスパーク瀬戸田」の送迎車。

どこか田舎っぽくて、そこがかわいい。

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生口島「シトラスパーク瀬戸田」の研究開発

「シトラスパーク瀬戸田」と広島大学との共同研究で、柑橘類の皮に含まれる「フラボン」の成分に、血糖値やコレステロール値の抑制効果があることが明らかになったらしい。

生口島にある柑橘類のテーマパーク「シトラスパーク瀬戸田」は、集客が落ち込み島のお荷物になっていただけに、研究開発という活性化策に期待したい。

これからは、こういった視点で地域活性化を図ることが不可欠になるだろう。

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生口島の「シトラスバーク瀬戸田」で撮影。

入り口の写真。

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2007年4月 8日 (日)

小さな島の挑戦2(隠岐諸島の中ノ島2「さざえカレー」)

守りの戦略とは行財政改革のことである。

給料カットを未来への先行投資と位置づけている。

一方、攻めの戦略とは産業振興のことである。

「公共事業依存型の産業構造からの脱却をめざし、「海」、「潮風」、「塩」の3つをキーワードに地域資源(海産物、農産物、肥育牛、ミネラル豊富な天然塩)を有効活用し、「島まるごとブランド化」する・・・。」とある。

そして、さざえカレーなどの商品を次々と生み出している。

私は大のカレー好きなので、これまでに何度か「さざえカレー」を食したことがあるのだが、珍しいカレーで、東京では商品化までなかなかこぎ着けないのではないか。

まさに島ならではの発想であった。

(その3に続く)

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2007年4月 3日 (火)

映画の中の島風景17(「ニライカナイからの手紙」の竹富島)

「ニライカナイ」といえば沖縄で何度も耳にした海のかなたの楽園である。

広辞苑をみると、「海の彼方にあると信じられている楽土。そこから年ごとに神(赤また・黒また・まゆんがなし、など)が訪れ、豊穣をもたらすと考えられている。」とある。

「ニライカナイ」については、沖縄の島々の郷土史を読めば、まずはどこかでその言葉を見つけることが出来るし、おそらくは島の閉ざされた厳しい生活のなかで夢見る水平線の彼方にある桃源郷のようなものだろうと思っている。

沖縄の浜辺で、遠く水平線を眺めていると、「ニライカナイはどのあたりにあるのだろうか」などと、その存在が自然に感じられてくるから不思議だ。

映画「ニライカナイからの手紙」は、竹富島がロケ地になっているが、まさに島があっての映画である。

映画の初めに、「米も育たぬ土地、台風がたびたび猛威をふるう島で、「うつぐみ」という相互扶助が今でも残っている。」といった内容のテロップが映っている。

その「うつぐみ」が、両親を亡くした島の小さな女の子を、見守り育てた。

寡黙な「おじい」がいかにも島人らしく、共同体がバラバラになってしまった大都会で暮らしていると、竹富島そのものが「ニライカナイ」のようにも思えてくる。

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2007年4月 1日 (日)

日本の島とアメリカ大陸9(桜とお酒)

ワシントンDCの桜は有名であるが、そのルーツは日本であり、いわば日系桜と呼んでいい。

第2次世界大戦中に敵国の花木であることから伐採されたとか、あるいは害虫のため焼却されたなどといわれていて、桜はまさに日本の象徴ということだろうか。

ロスアンゼルスのリトル東京にも桜は植わっていたが、ワシントンの方は見事な桜である。アーバン・ガーデン・ウォッチングというブログにきれいな写真が載っている。

ワシントンDCでもほぼ同じ時期に桜が咲くそうであり、ワシントンの日系桜と日本の桜は地球の裏側で同じように仲良く花を咲かせている。

写真は千鳥ヶ淵の桜。

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黄色い菜の花も春の訪れを告げている。

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ただ、日本では花より団子であるが、ワシントンDCでは花見酒は厳禁のようである。

アメリカではお店でお酒を買っても、いつも隠すように紙袋に包んでいる。

お酒を持ち運んでいることが、外から見えないようにしているようで、花見のスタイルは大分違っているようである

追記

また、屋久島のお花見について書かれたブログを見つけた。美しい山桜の写真が掲載されている。

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ロケ地について27(東京は「ブレードランナー」、与那国島から)

ロケ地としての東京のイメージとして、映画「ブレードランナー」を挙げる人が多い。

「ブレードランナー」を見たが、そこに描かれていたのは、異文化が混在した迷宮都市であり、人混みがどことなく恐ろしく感じられる不可思議な街であった。

また、ハイテクによって都市システムが支えられているのだが、その中に、人間のどろどろとした欲情が蠢いていて、よそ者にとっては、混迷の中に妖気がただよっていると感じなのだろう、とにもかく恐怖心を煽る一面があるようである。

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(写真は神田祭。秋葉原の近くで、ハイテクと伝統が混在している。)

以前、与那国島の知り合いが東京に来たとき、東京案内をしたことがある。

その方も「東京」を本気で怖がっていた。

島では陽気で明るくおおらかな大人の男子が、子供をお化け屋敷に連れてきたように、あまりにも本気で怖がっているので、とにもかくにも、その様子が可笑しかった。

「怖い。電車はやめてホテルにタクシーで戻ります。」と、あたりを見渡し、逃げるようにタクシーに一目散に乗り込んでいった。

どうも、東京のイメージは映画「ブレードランナー」のシーンに重なるらしい。

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(写真は文京区の後楽園の近くで開催された「牛の2頭分丸焼き大会」。大都会の真ん中に焼き肉の煙が立ちこめている。確かにどこか「ブレードランナー」の印象がある。)

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2007年3月31日 (土)

日本の島とアメリカ大陸8(ハリウッド9「ウォーク・オブ・フェイム」)

ウォーク・オブ・フェイムの歴史は長い。

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1953年に荒れ果てたハリウッドの街を活性化しようと、街の商店主たちが企画したという。このあたりは、日本の商店街活性化の発想となにも変わらない。

1960年から設置が始まり、はじめは1550人分の星形がつくられたらしい。

現在でも1年間に20人分ぐらいずつ増えているようで、今での成長を続けている。

延べで5kmの長さになるとガイドにはある。

新しい敷石が埋め込まれるときには、有名なスターが出席してのセレモニーが行われるというから、さすがはハリウッド、まさに地域ブランドというところだろう。

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華やかなまちおこしイベントが定期的に行われているということで、いまのところ、日本ではなかなかここまでできていない。

アメリカは建国200年と歴史の浅い国であるが、「映画については、どの国よりも歴史があるのだ。」と、この星々が誇らしげに語っているような感じがした。

このあたりが、映画に対するアメリカ人の思い入れの深さと関係があるのではないか。

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日本の島とアメリカ大陸7(ハリウッド8「コダックシアター」)

2001年の秋にオープンしたコダックシアターは、アカデミー賞授賞式の会場として知られてる。

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このコダックシアターの中に入った。

すると、エレガントな階段が目に飛び込んできた。テレビなどでなんども見た階段である。

しかし、この階段、ただの階段ではないようだ。

まさに建物の主役を演じていて、まるで銀幕のアクターのようである。

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コカコーラの瓶(最近はあまり見かけないが)のように腰のあたりがくびれていて、ハリウッドスターの衣装がそのまま階段になったような印象である。

子供の頃(30年位前だろうか)から、何度かハリウッドの街を訪れているが、昔はチャイニーズシアターがあったぐらいで、このあたりは、荒廃し治安が悪くて危ない所という記憶しかなかったのだが、随分と変わったものである。

調べると、やはり地道な「まちおこし」があったようで、このあたりは日本と少しも変わらない。

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2007年3月30日 (金)

ロケ地について26(ハリウッド7「新宿高層ビルを綱渡りする幻のスタントマン」)

以前、新宿の超高層ビル街で超高層ビルのてっぺんどうしをロープで繋いで、そのロープをスタントマンが綱渡りするという映画の撮影が企画された。

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しかしながら、撮影の許可は下りなかった。日本は今のところ、超高層ビルの綱渡りどころか、警察の道路使用許可すらなかなかおりないようである。

一方、海外では、爆発を起こしたり、カーチェースをしたりと、スタントマンの演技も半端ではない。

東京にいると超高層ビルの綱渡りも奇想天外な発想におもえるのだが、ハリウッドにいるとそれが普通に感じてしまう。まさに、所変われば品変わるである。

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ユニバーサルスタジオのウォーターワールドで撮影。

爆発の熱気が伝わってくる。

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2007年3月28日 (水)

ロケ地について25(ハリウッド6「ロケ地ツアー」)

ハリウッドスターの豪邸巡りは有名であるが、そのほかにも、ロスアンゼルスを舞台にしたロケ地を訪ねるツアーがある。

また、スタジオツアーもユニバーサルスタジオの他、ソニーピクチャーズスタジオ、NBCスタジオ、パラマウントスタジオなど、いくつものツアーが組まれている。

それに、ハリウッドミュージアムには、マリリンモンロー、エルビスプレスリー、ビビアンリーなどが実際に着た衣装が飾ってあったり、ロッキー(シルベスタ・スターローン)のグローブなども展示されている。

チャップリンのサインなども何気なくおいてあり、その内容の濃さにハリウッド映画の厚みを感じてしまう。

最近ものだと、「硫黄島からの手紙」の衣装(軍服)もあったし、「バベル」で菊池凛子さんが着た女子高生の制服までもある。

ちなみに、靴はハルタであった。

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写真はハリウッドミュージアム

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2007年3月27日 (火)

ロケ地について24(ハリウッド5「ロケーション撮影の日米比較2」)

アメリカはハリウッドのロケーション撮影では、歩行者道路(歩道)も通行止めである。

だが、だれも文句一ついっていない。

映画に対する思い入れが違うだけではない。

映画産業を支える国の仕組みがそもそも違うということだろう。

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ハリウッドで撮影。歩道が片側、完全に通行止めになっていた。

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ロケ地について23(ハリウッド4「ロケーション撮影の日米比較1」)

ハリウッドでロケーション撮影の現場を偶然に見つけた。

様子が日本とは大分違っている。

自動車も交通規制をうけ、ロケーション撮影が優先である。

車の運転手からのクレームなどもないようで、撮影がスムーズに行われている。

さすがは、映画の都「ハリウッド」である。

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(ハリウッドで撮影)

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2007年3月26日 (月)

ロケ地について22(ハリウッド3「硫黄島からの手紙」)

スタジオのオープンセットはどんな街にもなれるように、看板などはついていない。

すぐにどこかの街に早変わりというわけである。

どうしてもというシーンでなければ、スタジオで撮影した方がはるかに効率的である。

「硫黄島からの手紙」も「硫黄島で撮影したのは終わりの頃のシーンだけで、そのほとんどはアメリカで撮影された。」と人から聞いた。

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(写真は、ユニバーサルスタジオ。ファサードだけのセットである。)

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ロケ地について21(ハリウッド2「スタジオの集積」)

ハリウッドの街を小高い丘から見下ろすと、ユニバーサルスタジオ、ワナーブラザーズスタジオ、ウォルトディズニースタジオ、並びにNBCスタジオなどが所狭しと建ち並んでいる。

わざわざここから遠く離れたロケ地に大金をかけて行かなくてもいい。

スタジオで撮影できるのなら、出来るだけここで撮影してしまおうというのはごく自然な考えである。

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(写真:ユニバーサルスタジオ)

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(写真:ビルの右側の三角屋根の建築群。右の方がワナーブラザーズスタジオ、左の方がウォルトディズニースタジオである。)

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(写真:茶色のビルの左にNBCスタジオが見える。)

ところが、このハリウッドでの撮影コストが高いことなどから、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどにスタジオを造って撮影するケースが増えているようである。

各国でロケーション撮影も含めた誘致が活発に行われていて、よい撮影環境が確保できるとなれば、撮影場所はその地でということになる。

ハリウッド側からすれば、空洞化が始まっていることになる。

アメリカの議会でも大きな問題として取り上げられているらしく、心中穏やかではないに違いない。

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2007年3月25日 (日)

ロケ地について20(ハリウッド1「ハリウッド市の生い立ち」)

映画の都、ロスアンゼルスのハリウッドにいると、ロケーション撮影ということが、映画製作の一部分に過ぎないということを否応がに実感させられる。

この都にはありとあらゆる映画産業が集積していて、その裾の広さは街のレストランにまで及んでいる。

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(写真は有名な「ハリウッドサイン」、ハリウッド&ハイランドで撮影)

なぜこの土地が、世界的な映画の一大集積地になったのか。

調べると、意外にも禁酒が関係しているようである。

ハリウッドには禁酒主義の人が多く、ハリウッド市が最初に制定した条例が酒場の営業時間を制限したらしい。

1911年、ニュージャージーの映画会社が、この条例ですっかり寂れた酒場に目をつけた。そのひなびた感じが西部劇のロケ地にぴったりだったからだという。

そして、その翌年の1912年には、ユニバーサル映画の創設者であるカール・レムリがこの土地に事務所を構えた。

つまるところ、ハリウッドはもともと映画(西部劇)のロケ地であったのである。

また、この土地が雨に降らない過ごしやすい気候であることも大きいようである。

今では、アメリカのイメージそのものの、派手でユーモラスな看板で覆い尽くされた街並みも、約120年前には家が数軒しかなく豆畑とかレモンやオレンジなどの果樹園が広がっていたのである。

土地の人に写真を見せてもらったが、確かに一面にただただ畑が広がっていた。

とにもかくにも、この土地がハリウッドと名付けられたのは1887年のことだというから、ハリウッドの街はちょうどラスベガスのように忽然と出現したといっていい。

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「派手さ」とは何か、以前からうまく説明できないのだが、ここハリウッドにくれば「派手さ」とはこういうことであると肌で実感できる。
(写真はハリウッドの中心部で撮影)

(ハリウッド2に続く)

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2007年3月24日 (土)

日本の島とアメリカ大陸6(しゃぶしゃぶの食べ方)

リトルトーキョーにしゃぶしゃぶのお店がある。なかなかの人気店でいつも混んでいる。お店のオーナーは中国人だと土地の人から聞いた。
リトルトーキョーも今では、日系人のオーナーが少なくなり、韓国の人が多いらしい。
このあたりが、日本らしさが薄くなる要因なのかもしれない。
しゃぶしゃぶのお店で、おかしな体験をした。
しゃぶしゃぶのお肉をご飯の上にのせて食べているのである。
ちょうど牛丼のような感じである。
「こういう食べ方もあるのか?」と感心したが、私は真似をせず日本風に食した。
すると、最後に真っ白いご飯だけが残ってしまった。
また、香の物やお味噌汁など、気の利いたものはついていない。
しかたがないので、そのままご飯一膳をもぐもぐとお水を飲みながらかき込んだ。
なんとも不思議な体験であった。
でも、もしかしたら新しい料理というのは、こんな感じで生まれるのかもしれない。
おそらくは、沖縄のタコライスも、そんな具合で出来上がった料理であるに違いない。
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日本の島とアメリカ大陸5(リトルトーキョーの火の見櫓)

地図にFIRE TOWER (ファイヤータワー)とある。

リトルトーキョーのシンボルのように建っている。
どのような経緯から、この火の見櫓が設置されたのかは知らないが、映画「SAYURI」のように、どこか架空のアジアという感じである。

アメリカ大陸では、日本はいつもこんな風である。

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日本の島とアメリカ大陸4(桜咲く)

桜こそ、日本らしい花木である。

ロスアンゼルスのリトル東京にも桜が植わっていて、今、花を咲かせている。

ただ、日本で見る桜とは、だいぶ趣が違っている。

この木も、いつかは大きな桜木に育っていくのだろうか?

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2007年3月23日 (金)

日本の島とアメリカ大陸3(谷の国)

日本のことを「谷の国である。」と司馬遼太郎氏が何かに書いていた記憶がある。

日本人は、急峻な山々に囲まれた狭い谷に田畑を耕して暮らしてきた。

空から見ると、木々が鬱蒼と茂る山々の谷間に田畑が見える。

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(福島県の上空で撮影)

一方の、アメリカ大陸はというと、この広い大地で、あえて狭い谷を見つけて一所懸命に田畑を耕すという感覚はなかなか生まれないに相違ない。

アメリカ大陸は広いから、多様な風景が見られるのであろうが、下の写真の山々には木がほとんど生えていない。

土地は代わりが他にもあるということだろうか。

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(カリフォルニア州の上空で撮影)

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2007年3月22日 (木)

日本の島とアメリカ大陸2(移民の国)

日本とアメリカの共通点は意外にも「移民の国であること」ではないか。

「日本民族が、雨後の竹の子のごとくこの小さな島から生まれてきたとは考えにくい」(司馬遼太郎氏がどこかに書いていた記憶がある)

やはり、アジア大陸からとか、黒潮などにのって海からたどり着いた異民族が混ざり合っていると考えられる。

一方の、アメリカもまさに移民の国である。

アメリカは大陸だから、四方八方から異民族が入り込んでいる。この国の底力は、いい意味でも悪い意味でも、そのあたりから出ているのではないかという気がする。

ロスアンゼルスなどにも日系アメリカ人が暮らしている。

リトル東京は昔、日本人村があった地域だと聞いた。

日系アメリカ人は現在約30万にほどらしく、その苦難の歴史はマイノリティーそのものである。

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全米日系人博物館(旧館)
1925年に移民一世によって建立された西本願寺を改築したもの。
第2次世界大戦時の日系人を強制収容する時の集合場所であったという。
現在は、国から史跡にも認定されている。

(その3に続く)

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2007年3月21日 (水)

日本の島とアメリカ大陸1(空からみると)

日本の本州はどこか不思議な島である。

そこ、本州にいるときは、本州を島と見なして書きにくいのだが、居場所が大陸になると、素直に一つの島として綴れるようになる。

日本の陸地の面積は、約37万7800k㎡であり、アメリカ合衆国のそれは約963万141k㎡である。

陸地に限ってみるとアメリカは日本の約25倍もある。

また、人口についてみると、日本が約1億3000万人に対して、アメリカが約2億9300万人であるというから人口が2倍を超えている。

日本はアメリカよりも10倍以上もひしめきながら住んでいることになる。

アメリカ大陸を車で走り続けると、その広さが途方もないことが実感できる。

また、飛行機の窓からでも、そのことがはっきりと伝わってくる。

本州を空から見ると、いつもどこかに田畑があり、人家などが点在している。
人の住む気配のしない場所を見つけるのは至難の業だといってもいい。

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本州の東京から東北地方に向かう途中で撮影。関東平野である。

しかし、一方のアメリカはというと、どこまでいってもほとんど人の気配のしないような広大な土地がずっと続いている。

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カリフォルニア州で撮影。

そういった風景はごく当たり前という感じであり、いかにも大陸である。

(その2に続く)

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2007年3月18日 (日)

小さな島の挑戦1(隠岐諸島の中ノ島1)

島根半島の沖合いの約60kmに隠岐諸島の中ノ島がある。

一島一町の小さな島で町の名前をは「海士町(あまちょう)という。面積は33.46k㎡で、周囲は89.1kmである。

人口は2,581人(平成17年10月1日現在)で、昭和25年頃には7,000人近くいたというから、過疎化が著しい。ちなみに、高齢化率は38.0%となっている。

この島に、「小さな島の挑戦」と題した町政の基本方針がある。

そこに、「自分たちの島は自分たちで守る」ための「生きる術」を模索とあり、「守り」と「攻め」の戦略が列挙されている。

(その2に続く)

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