北の島から、冬眠しているような利尻島
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マイ箸とは、自分の箸を持ち歩く、その箸。
ずっとまえ、環境関係の人に触発されてトライしたことがあるが、残念ながら長くは続かなかった。
単純に「変わりもの」と思われることがあったし、持ち歩いて食後に洗うのは一苦労だ。
でも、マイ箸、質の良い箸で食べる食事はおいしい。
「なんで、そんなのつかっているの?」
と怪訝な顔で聞かれたときには、
「割り箸はほとんどが中国の皆伐で、日本の間伐材じゃない、とかいった環境問題に加えて、割り箸は毒素が入っているよ・・・」
いろいろ理屈をつけていたのだが、どうもなりきれない。
日本の島々は高温多湿でどんどんと森林が育つが、大陸の多くの地域ではそうはいかない。
だから、環境への影響は大きい。
でも、やめてしまって久しい。
それが、最近、マイ箸を持っている人に会った。
堂々と、マイ箸を使っている。
聞くと、「割り箸から体に悪い成分がたくさん出ているよ。」などという。
マイ箸もメジャーになりつつありようだ。
マイ箸をしていた時には、同じ理屈で理論武装していた、というか、言い訳の一つにしていたのだが、どうやらこのことが一般論になってきているようだ。
「口に入れるのは食べ物だけじゃない危ない中国製割り箸」という記事を見つけた。
「割り箸を使って森を守ろう」などという専門家も多く、
日本の間伐材を活かした割り箸ならいいと思うのだが・・・・。
写真は、秋田県で撮影した世界遺産の白神山地。
(割り箸とは直接は関係ありません。)
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政治アナリスト花岡信昭氏の「参院選の結果から何を読み取るか」
コラムでは、
「小泉・安倍構造改革によって地域格差が生じたとすると、なぜ、2005年9月の衆議院選挙で自民党は圧勝したのか?」といった内容の疑問を投げかけていた。
だが、その矛盾を分析せずにそのままにして、「格差拡大とか地方軽視といった批判は”取ってつけた理屈”なのであって、有権者の判断基準は別のところにあったのではないか」などと述べ、年金問題、政治とお金の問題などを取り上げて参院選の結果を説明していた。
そこで、私は地域格差の問題に焦点をあて、その理由を推測してみた。
その謎を解くエピソードがある。
2005年9月頃、つまりは郵政民営化解散の頃、私は地方で何度か、「今回は郵政民営化を問う解散。小泉さんの構造改革、”痛みに耐え”といっているけど、”すごいんだな~、厳しいんだ~”。でも、今回は郵政民営化解散だから自民に入れた」と話しているのを聞いた。
また、当時は時代の雰囲気が今とは大分違っていた。逮捕されたホリエモンなどが英雄視され、村上ファンドが市場を席巻し、テレビCMも消費者金融であふれかえっていた。
つまりは、なんでもかんでも市場原理にゆだねる風潮が吹き荒れていた。
そして、衆院選についてみても、上記のようにまるで「郵政民営化だけが争点になっている(むろん、そんなわけはないのだが)」と思っていた人が多かったように思う。
(本来、「郵政民営化」などという難しい問題は、立法府を担う国会議員の方々が日々勉強をしてその方向性を決めるべき案件で、その仕組みを詳しく勉強していない一般国民に決めろというのは酷ではないか。)
そして、それから約2年が過ぎた。
最近は、コムスンの問題が取り沙汰されるなど、市場にゆだねることの限界が顕在化しはじめている。
このように、2年前の様子と今日では、社会の空気がまったくといっていいほど違っていることがわかる。2005年9月衆議院選挙の頃と今日では時代が変わったといっていい。
今日は激動の時代。時代の変化はめまぐるしく、「市場にゆだねることで生じる理不尽な格差」、「地域格差」など対する不満はますます激しさを増していくのではないか。
ちなみに、立花隆氏「次期リーダーまでぶっ壊した参院選大敗の戦犯小泉前首相」や
福岡政行氏「首相続投宣言で自民党は最大の危機を迎える」のほうはとても参考になった。
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この5~6年、離島を含めた地方と東京との地域格差の拡大にはただただ驚いていた。
「日本列島はどうなってしまうのだろう。この問題に対して、地方の人がいつまでも黙っているはずがない。」と2~3年前から考えていたが、ようやく今回の参議院選挙でそれが結果となって表れたようである。
この問題で、まず明らかにしなければならないのは、はたしてこの地域格差は「改革路線」による”一過性”の痛みなのか、それとも”地方切り捨て”なのかということである。
それを考えていくときに、何より困るのは、「改革路線」という言葉が辞書に載っていないあいまいな造語であること。
選挙後も、マスコミや経済団体などが、こぞって「改革路線を続けていってほしい」などというおかしな表現を続けている。
「改革路線」などという言葉はないので、それを分解してその意味を推定してみた。
1)「改革」とは
「改めかえること。改まり変わること。目的が国家の基礎に動揺を及ぼさず、方法も暴力的でない変革」(広辞苑 第5版による)
「基盤は維持しつつ、社会制度や機構・組織などをあらため変えること。 」(大辞林 第二版による)
また、2)「路線」とは
「進むべき道筋。方針。」(広辞苑 第5版による)
「始点から経過地を通り終点にいたる道路の位置を示す線。政党などの掲げる運動の方向。」(大辞林 第二版による)
そして、補足であるが
3)道筋とは
「通って行く道。通り道。物事の道理。条理。すじみち。」(広辞苑 第5版による)のことである。
とすると、「改革路線」という言葉は、
改革の目指す「方針」だけを指しているだけでなく、それに至る「道筋」を含めているとも考えられる。
今回の選挙結果は、少なくとも「改革の道筋」に修正を迫ったと捉えるのが妥当だろうし、
だとすると、”改革の方針”と”改革の道筋”を分けて説明をしないと、「改革路線を支持する」主張の意味するところがよくわからない。
日本の人口は全国的に減少し、財源も限られているのだから、
「”官から民へ”、”小さな政府を目指す”、”国から地方へ”、”地域でできることは地域へ”などという改革の方針」を選択するのは理解できるのだが、
それよって、「市場経済で解決できない地域の社会問題をどうしていくのか」、「限界集落などがどうなっていくのか」という説明と、それに至る「改革の道筋」がはっきりしないので不安になってしまう。
もし、離島を含めた地方の苦しみが「改革の道筋」のなかで、”地方切り捨て”でなく”一過性”のものであるのなら、
せめて「改革路線」などという意味不明の造語を使わずに、「改革の方針」、「改革による地方の将来像」、そして、「改革を進めていく道筋」等をしっかり分けて説明してほしい。
写真は、ある離島で撮影した蔦に覆わて朽ちた家屋。
中山間地域や離島ではよく見る風景だ。
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もうすぐ選挙。
田中秀征氏の「参院選、「国家のため」「誠実」「清潔」を叫ぶ人は要注意」という記事に目がとまった。
たまたま偶然、何人かの知り合いが今、国会議員になっている。
そのうちの一人、当人が出馬する前に、
「何で?何で選挙にでるの、動機は?」と聞いた。
選挙への出馬に限らず、人が世間一般の人と違った言動をしたり、行動をとったりしたとき、その内容がすばらしかったとしても、
「そもそもそういう行動に、彼(若しくは彼女)を駆り立てたものは何か?」
「そういったことを行う、エネルギーは彼(若しくは彼女)のいったいどこから出てくるのだろうか?」
などと、考えてしまう。
要は、動機に目がいってしまうのである。
(特に選挙の時とか、ベンチャー企業の創業者に対して)
選挙といえば、候補者は、写真が街に張り出され、知らない人と握手などをして、大声で手を振っている。
おそらく、普通の感覚では、恥ずかしくてなかなかできない。
そういえば、日本には、そもそも欧米のような演説の歴史はなかったと、司馬遼太郎さんの本のどこかで読んだことがある。
(ただ、「日本には、お坊さんの説教があり、それが欧米の演説に近いものであったのかもしれない」といったようなことが書かれていたように、うっすらと覚えている。)
「選挙に出る!恥ずかしくないの?」
そんなふうに考えてしまうのは、ひょっとしたら、敗戦によって借りものの民主主義教育を受けた、島国根性の表れなのかもしれない。
それとも、日本の選挙風景が時代遅れなのだろうか?
写真は、アメリカのサンタモニカ。
ずっと前、フロリダ州で大統領選に出馬したクリントン候補の選挙演説に出くわしたことがある。(その後、大統領になった。)
選挙演説というより、まるでロックコンサートのようで、候補者はスーパースターのように振る舞っていた。
選挙の様子も、国によって大分違っているようだ。
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沖縄県の久高島。
久高島土地憲章の詳細を定めた規則が、久高島土地利用管理規則。
久高島の港の丘で撮影。
この後、島に一軒だけという、すぐ脇の食堂で地元料理をゆっくりと食べ、
すると、
宿への帰り道は、懐中電灯がないと歩けないほど真っ暗で、
まるで肝試しをしているような感じになった。
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久高島土地利用管理規則
第一条 この規則は、久高島土地憲章(以下憲章という)を円滑に実施するために、土地の利用と管理について定めるものである。
第二条 ①憲章第一条に定める字民は、土地を利用する場合、所定の書面
をもって土地管理委員会(以下委員会という)に申請しなければならない。但し、申請人がかつて字民であった者の子孫である場合にはその関係を証明する書類、申請人が法人である場合には法人登記簿などの書類を添付しなければならない。代理人による申請には委任状の添付を要する。
②憲章第一条第二項の定住期間は、継続して三年間とする。
第三条 申請人はあらかじめ希望する場所を特定して申請することはできない。
第四条 委員会はこれらの申請について、次の各種の土地に関する規定に従って審議し、決定しなければならない。承認の決定は委員の三分の二以上の賛成を要する。但し、申請に利害関係のある委員は審議・決定に加わることはできない。
①宅地
委員会は、申請人が生活の本拠とするための宅地に限り、家屋の規模や家族構成などを斟酌して、百坪を上限に許可することができる。但し、土地使用貸借契約から二年以内に着工しなければ、委員会は土地の返還を求めなければならない。
②農地
委員会は農業経営の規模などを斟酌して、三千坪を上限に許可することができる。但し、農地を五年以上放棄した者はこれを字に返還しなければならない。
③墓地
委員会は墳墓の規模などを斟酌して、十坪を上限に許可することができる。墳墓の築造が緊急を要し、一坪以下の簡易な墳墓の場合には委員会の許可を要しない。但し、委員会が用地を指定し、字会の事後承認を得なければならない。
④その他事業用地等
申請人が、前①②③以外の用地として利用するときは、委員会は目的や工作物の規模などを斟酌(建坪面積の概ね三倍)して、三百坪を限度として許可することが出来る。但し、公益事業については、この限りではない。
公益事業を次のとおり定めることとする。
⑴公共事業
⑵電力供給
⑶水道・下水道
⑷燃料供給
⑸情報通信
⑹医療・保健・福祉
⑺その他字の公益に関する事業
⑤利用権を付与されている申請人は、事業目的、内容などの変更があったときは、委員会に届け出て承認を得なければならない。
第五条 土地の利用権を付与されている申請人は、その利用地に課される公租公課を負担しなければならない。
第六条 字は土地の公平・公正かつ適切な利用・管理のために、利用地の利用料を徴収することが出来る。
①事業用大規模農地 十円/坪(年間)
②その他事業用地 百円/坪(年間)
第七条 委員会は決定について字会の承認を得るため、区長に字会の招集を要請しなければならない。
①字会は委員会の決定を定足数の三分の二以上の無記名投票による賛成で承認することができる。
②前項の承認を受けた者は、手続費用として金一万円を納付するものとする。
③申請人は委員会および字会で承認されなかった案件について、以後一年間は同一内容の申請を行うことはできない。
④申請人は自ら字会に出席し、必要があれば補足説明を行わなければならない。但し、申請人が老齢または病弱の場合は代理人の出席を認める。
第八条 委員会は字会による承認または不承認について書面で申請人に通知し、申請人との間で土地使用貸借契約書を取り交わさなければならない。
第九条 申請人は事前に所定の書面による工事着手届を提出しなければならない。
第十条 委員会は着手届を受理したら、申請人の立会いのもとで承認された土地を測量して、表示標識を設置しなければならない。
第十一条 申請人は工事が完了したら、所定の書面による工事完了届を提出しなければならない。
第十二条 委員会は完了届を受理したら、使用貸借契約書の違反がないかどうかを確認し、違反があれば取消、原状回復、返還、損害賠償などの適切な制裁を講ずることができる。
第十三条 委員会は次のような文書類と印鑑等を備えなければならない。
①土地憲章、土地利用管理規則、土地利用基本計画
②会議録
③文書受理・発送簿
④申請書綴
⑤決定書控綴
⑥工事の着手届と完了届書類綴
⑦土地使用貸借契約書綴
⑧土地管理委員会文書の閲覧者名簿
⑨土地管理委員会委員長印
⑩受理印
第十四条 憲章第一条に定める字民は、これらの文書を自由に閲覧することができる。
第十五条 この規則は、委員会の提案を受けて、字会で定足数の三分の二以上の賛成をもって改正することができる。
第十六条 委員会は憲章に基づいて審議した結果について責任を問われないようにしなければならない。
附則
この規則は平成十一年八月十四日から施行する。
附則(平成十七年四月一日一部改正)
この規則は平成十七年四月一日から施行する。
(経過規定)
この規則の施行前に生じた事項にも適用する。
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沖縄県久高島には、久高島土地憲章というものがある。
以前、久高島の人からその文書を送ってもらった。
おそらくは、イズム(主義)からできあがったのではなくて、土地に根ざした暮らしから自然に生まれたのだろう。
島というものの小宇宙が、天の川を仰ぎ見るような感じで伝わってくる。
久高島に向かう船で撮影。
台風が近い、海はうねっていた。
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久高島土地憲章
前文 久高島土地憲章(以下憲章という)は、次のことを確認して宣言する。
久高島の土地は、国有地などの一部を除いて、従来字久高の総有に属し、字民はこれら父祖伝来の土地について使用収益の権利を享有して現在に至っている。字はこの慣行を基本的に維持しつつ、良好な自然環境や集落景観の保持と、土地の公正かつ適切な利用・管理との両立を目指すものである。
第一条 土地の利用権を享受できる字民とは、以下の者である。
①先祖代々字民として認められた者およびその配偶者。
②字外出身の者で現在字に定住し、土地管理委員会および字会が利用権を承認する者。
第二条 字民は次の各種の土地について、次のような権利を有する。
①宅地
字民は従来の屋敷地を利用することができる。字民は世帯主として家屋を築造するときは、土地管理委員会の決定および字会の承認を得て宅地を利用することができる。但し、土地使用貸借契約から二年以内に着工しなければ、土地を返還しなければならない。また土地管理委員会は子孫不明または家祭祀の途絶えた屋敷地についてはこれを回収しなければならない。
②農地
字民は従来の割当地を利用することができる。字民は土地管理委員会の決定および字会の承認を得て新たに農地を利用することができる。但し、農地を五年以上放棄した者はこれを字に返還しなければならない。
③墓地
字民は従来の割当地を利用することができる。字民は土地管理委員会の決定および字会の承認を得て新たに墓地を利用することができる。
④その他
字民は従来の利用地については、利用を継続することができる。字民は土地管理委員会の決定および字会の承認を得て新たに土地を利用することができる。但し、利用が済みしだい土地を原状に復して、字に返還しなければならない。
第三条 憲章にもとづいて土地の利用と管理を担当する組織として、土地管理委員会を久高島離島振興総合センター内に置く。
第四条 土地管理委員会は区長、書記、字選出の村会議員、農業委員、郷友会代表者を含む十三名で構成し、委員は区長(二回目からは土地管理委員会の長)の推薦をうけて字会が選出する。
委員の任期は二年とし、再任をさまたげない。委員長は委員の互選による。土地管理委員会の庶務は字の書記を充てる。
第五条 土地管理委員会は次の事項に関して審議および決定を行なう。但し、決定は委員の三分の二以上の賛成を要する。
①土地の利用権の付与や回収など土地利用をめぐる一切の事項
②憲章等の違反に対する制裁に関する事項
③土地の改良・整備および植林・開墾に関する事項
④憲章の目的達成に必要または適当な事項
第六条 土地管理委員会は委員長がこれを主宰する。委員長は定例会を一月と六月に招集しなければならない。また委員長は必要と認めたときは臨時会を招集することができる。
第七条 委員長は土地管理委員会の業務状況について適宜字会に報告し、その決定については速やかに字会の承認を得なければならない。
第八条 字は土地管理委員会の運営費として、毎年度予算を計上しなければならない。
第九条 憲章の基本原則を変更するには字会の総意を要する。但し、その他の規則については、字会の定足数の三分の二以上の同意を得て改正することができる。
第十条 憲章を施行するための細則を別に定めるものとする。
附則
この憲章は昭和六十三年十二月三日から施行する。
附則(平成十一年八月十四日一部改正)
この憲章は平成十一年八月十四日から施行する。
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すると、離島振興法における離島の条件が伴わなくなって島でなくなる。
だから、離島振興法における指定解除の島になる。
ただ、地域格差があるので、半島振興法で再指定される。
つまりは、半島と見なしての地域振興が始まる。
こういった事例が全国各地にたくさんある。
例えば、鹿児島県離島振興課のホームページに長島本島などが挙がっている。
「離島に橋が架かると半島になる」
これまでの日本における離島振興の一つの側面である。
こういった島は、いったいいくつあるのだろうか。
沖縄県の宮古島で撮影した橋。
(本文とは一切関係ありません。きれいな写真なので載せました。)
ちなみに、架橋の経緯と技術などの解説が、橋の近くにありました。
(こちらも、写真と本文は一切関係ありません。)
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バイオエタノールでバイオガソリン。
サトウキビ、トウモロコシなどからつくるバイオエタノールの増産が続いている。
日本でも米をバイオエネルギーとして利用しようという計画が各地で始まっている。
「減反でお米の耕作地が減るぐらいなら、食料としてでなくエネルギーとしてでもいいから、お米がつくれる土壌を守った方がいいのではないか。なにしろ、日本の食糧自給率(穀物ベース)は30%をきっているのだから・・・。(ちなみに、カロリーベースは40%をきっている)」そんなふうに漠然と考えていたのだが、
島旅をしているときに、とある有識者から
「それは違うのではないか。」と指摘された。
「世界は食糧危機であり、それはおかしい。」というのである。
それから、一年ほど経つが、バイオエタノールの生産を目的としたトウモロコシ等への転作が増えたことから、明らかに、オレンジ、小麦、並びに大豆などの価格が上昇し始めた。
我々の食卓に何かが起こり始めている。
土地の広さは限られている。
大陸だけでなく、日本の島々でも何か大きな変化がおこりそうな気配である。
沖縄など、南の島にはサトウキビ畑が多く、黒糖の生産などにも少なからぬ影響があるだろう。
沖縄島(沖縄本島)で撮影。
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コメントが寄せられたお知らせです。知人の名前を見つけました。
宮本常一 生誕100年 福岡フォーラム
宮本常一を語る会主催
5月27日(日) 13:00~17:00
アクロス福岡 円形ホール
フォーラム概要
主催者あいさつ[ 代表世話人 長岡秀世 ]13:00~13:10
ドキュメンタリー鑑賞[ "学問と情熱"シリーズから ]13:13~14:00
基調講演[ "家郷の訓"と私 原ひろ子 氏 城西国際大学客員教授 お茶の水女子大学名誉教授 ]14:05~15:20
パネルディスカッション[ コーディネーター 長岡秀世 ]15:35~16:45
パネリスト
武野要子 氏 (福岡大学名誉教授)
鈴木勇次 氏 (長崎ウエスレヤン大学教授)
新山玄雄 氏(NPO周防大島郷土大学理事 山口県周防大島町議会議長)
佐田尾信作 氏 (中国新聞記者)
藤井吉朗 氏 「畑と食卓を結ぶネットワーク」
照井善明 氏 (NPO日本民家再生リサイクル協会理事一級建築士)
作品展示
宮本純子[ 宮本常一名言至言書画作品 ]
瀬崎正人[ 離島里山虹彩クレヨン画作品 ]
鈴木幸雄[ 茅葺き民家油彩作品 ]
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小さな離島ではよく、地域ぐるみのお店をよく見かける。
そういったお店の中には、島の人たちの共同出資によって運営される「共同店」と呼ばれるお店もある。
そして共同店は今も元気である。
島での生活にお店が不可欠で、共同店がないと生活が成り立たない。
だから、皆で支えている。
共同店は、ずっと前から続いているコミュニティビジネスといっていいだろう。
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空き家を移住希望者に貸し出し、地域活性化をはかろうという試みが各地で行われている。
もちろん、離島でも盛んである。
そこでは、
・改修の資金をどうするか
・地元に、どのようにとけ込んでいくか(人間関係づくり)
・建物の状態をしっかりと把握すること(入居可能かどうか。耐震強度など)
など、多くの課題がある。
全国各地、田舎暮らしを希望する人の誘致合戦が繰り広げられ、需要(移住希望者)より供給(誘致する自治体)のほうが多い状況でなかなかむずかしそうである。
山梨県早川町にあるNPO法人、日本上流文化圏研究所発行の「上流圏だより」に、
・島根県南海町の使用可否の判断基準、
・山梨県の旧芦川村の改修資金の調達方法、
・福島県川俣町の移住者受け入れのプロセス、
・京都府綾部市の興隆寺町との連携による関係づくり
が受け入れのための参考事例として紹介されている。
広島県の生口島、宮原地区にある空き家。
子供の頃に遊びに行ったことのあるお家である。
離島をはじめ、全国各地に空き家が増え続けている。
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日本離島研究会の人たちと忽那諸島(くつなしょとう)を訪れたことがある。
そこで、その忽那諸島の島々を紹介していきたいとおもう。
写真は、忽那諸島のある瀬戸内海。
船上で撮影した。
そろそろ夕方、島歩きでお腹がすき始めた頃。
空もだんだんとオレンジ色に染まり始めているようだ。
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ふと気がつくと、このブログ「日本の島々」に、島とあまり関係のない映画がらみの記事が混在していました。
そこで、「映画の中の島風景」を除く映画の話題は、「コンテンツツーリズムの研究」に掲載することにしましたので、よろしくお願いします。
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東京都福祉保険局健康安全室環境保健課によると、「東京都では島嶼部にはスギ花粉が比較的少ないことから、現在のところその花粉の量を測定していない」そうである。
また、伊豆大島、利島、新島、式根島、三宅島、神津島、八丈島、青ヶ島などの東京諸島には、風の強い日は本州からもスギ花粉が飛んでくるらしい。(本州から近い島ほどその量は多い。)
さらには、現地の方に聞くと、新島、八丈島などにもスギは植わっているので花粉症は発生しているそうである。
ただし、その量は本州に比べてだいぶん少ないという。
結論としては、伊豆の島々には、その量は少ないのだが、やはりスギ花粉は飛んでいて、花粉症があるようである。
そして、小笠原諸島までいけば、スギ花粉はないということであった。
八丈島で撮影。八丈島にも杉が植わっているそうである。
この写真には写っていない。その量は少ないようだ。
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「ギンガメアジの巨大な岩のようきな群れが、不思議と大企業と重なった。」と書いた。
(粟国島で撮影)
この群れの中にいたほうが安全である。もし、この群れから離れたら、外敵に襲われる確率は飛躍的に高まるに違いない。
考えてみると、海のなかには、このギンガメアジのように大きな群れをつくって生活するものと、群れをつくらずに泳いでいるものがいる。
とすると、群れから離れたギンガメアジが生き残っていくためには、もはやギンガメアジのままでいるわけにはいかないのではないか。
なにか違う魚に生まれ変わるように、別の生き方が求められるだろう。
それはもしかしたら、地中に潜りながら出たり入ったりするハナヒゲウツボ(渡嘉敷島で撮影)かもしれないし、
日陰で一休みしているハリセンボン(渡嘉敷島で撮影)かもしれないし
イソギンチャクと暮らす「ニモ」ことカクレクマノミ(渡嘉敷島で撮影)かもしれない。
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沖縄の粟国島でギンガメアジの群れに出会った。500匹~600匹、いや、ガイドの方によると1000匹はいたかもしれない。
思わず、シャッターをきりつづけた。
気がつくと、エアーが随分と減っている。
やはり意識が高揚しているのだろうか。
とにかく、映画やテレビで見たようなスケールの大きな映像が目の前にある。
それにしても、ギンガメアジは、どうしてこんな大きな岩のようになって群れているのだろうか。
「確か、何かの解説では、外的から身を守るためであると言っていたよな。」
そんなことを考えるうち、、私の考えは人間社会に及んでいた。
このギンガメアジの巨大な岩のようきな群れが、不思議と大企業と重なってきたのである。
(その4に続く)
2004年の4月に粟国島の「筆ん崎」で撮影。
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花粉と言っても、花粉症の原因になる植物は、スギ、ヒノキ、オオアワガエリ、ブタクサ、ヨモギ、シラカバ、カモガヤなど約60種類もあるらしい。
「花粉のない島」の花粉は、その内、スギ花粉のことである。
さて、花粉は風によって運ばれる。
そう、「千の風になって」ならぬ、「(千の)風にのって」、あなたのすぐそばに花粉はいるのだ。(私も涙した感動的な名曲だが、ぴったりとしたので駄洒落にしてしまった。不愉快をお詫びします。)
ただ、その風にのる方法も、キク科のブタクサやイネ科のカモガヤなどの花粉は、せいぜい数kmらしいのだが、スギ花粉はまず身近な風にのり、上昇気流にものり、春の季節風にものって、なんと数十kmも離れた場所まで飛んでいくという。
恐るべし、スギ花粉である。
秋田県河辺町鵜養(かわべまち、うやしない)で撮影。美しい風景である。杉もみごとで美しい。
ただし、花粉の季節には一転して近寄りがたい場所になる。
(スギ花粉症の場合)
(その3に続く)
日本の離島の花粉について調べている。わかり次第、報告したい。
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小野田寛郎さんが書かれた本の一つに「君たちどうする?」がある。
帯には「人殺しはなぜ、いけないの?そうといかける子どもへ、そして答えられない親へ。」とあり、そのことについては、そのうちに書きたい。
以前、「離島」の「離」という文字について「離れるということ」で綴ったのだが、小野田さんの下記の話は、「離れるということ」の根っこにあるような話なので、ご紹介したい。。
私は何度か、小野田さんが「戦闘任務解除命令」を受けて不甲斐なく(ご本人の言葉)祖国に帰還したときの映像をテレビで見た。(子供の頃にニュースで見たし、数年前にNHK特集でも見た。)
その時、小野田さんは空港に出迎えにいらしたご父母に向かってただ一言、「ただいま帰りました。」と挨拶をされた。
その時、お父さまは「うむ」と威厳を保ったままであり、
そして、お母さまは
「よう帰ってきた。つらかったろう。あなたは偉い。ご苦労様でした。お礼を申します。」と言った。
本を読むと、その時小野田さんは、 そのお母さまの「ご苦労様でした。お礼を申します。」という一言を聞いて、十五歳の頃に言われた言葉と思い出したとある。
小野田さんが15歳の誕生日に、お母さまはお祝いのお膳を前にして、
「寛郎も今日から子供でなくなる。女の私が教えるのも今日まで。昔は元服から男の子に、たとえ母であっても女が口を挟むと、男の子は弱くなると言われている。」といい、
それからは注意することはあっても、以前のように叱ることはしなくなったそうである。
それについて、小野田さんは、「私にとっては都合の良いことでしたが、母にとってはそれからは気苦労の連続になったに違いありません。」と述べている。
ある時お母さまは、「寛郎は今のご時世に生まれて助かっている。昔ならとても今まで生きておれなかった。とっくの昔に「その場に直れ」で手打ちになっていた。」と言われたそうであるから、確かにお母さまは気苦労の連続であったのだろう。
小野田さんはお母さまの「お礼を申します。」という言葉について、
「他人行儀のように聞こえるかもしれませんが、それは我が子に対して言っているのではなく、私が独立した男子だから言ったのだと思います。昔の親は、我が子に対してははっきりしたルールがあって、、それにしたがって育て、教え、一人立ちさせていったのです。」と述べている。
また、「いつどこで何をしでかすかしれない子を軍隊に預けたと思っていたに違いありません。それがそのまま手元に帰ってこなかったので心配でたまらず、帰還して「これでようやく安心できた」という思いでお礼の言葉が口をついて出たのでしょう。」とも記している。
そしてこういう話もある。
お母さまは戦争に送り出すときに、「覚悟はできている。おまえが死んでも泣かない。」とおっしゃったが、それから30年後、フィリピン軍が「射殺もやむなし」という作戦を発表したときに、お母さまは「私の息子とその友を討たないで」とビラを配って呼びかけられた。そしてついに、国会でも超党派で「日本兵救出」が決議され、「フィリピン側から作戦中止の知らせが届いた」ともある。
これらを読むと、「一見は離れているようでも、心は近くにある」ことがわかる。「離れるということ」で書いたことの根っこの部分を垣間見た気がしたので補足的に紹介した。
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ブログを始めて間もないうちに、そもそも島とは何かについて掲載をしておきたいと思う。
まず、「島とは、自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、高潮時においても水面にあるものをいう。」と国連海洋法条約で規程されている。
(沖縄諸島の阿嘉島で撮影。誰もいない静かなビーチ。)
また、日本語の「島」を辞書で調べると、島とは
「1)周囲が水によって囲まれた小陸地。成因上から火山島、珊瑚島、陸島(大陸島のこと)などに分類。
2)泉水・築山などのある庭園。林泉。
3)ある限られた地域。界隈(かいわい)。特に上方では非官許の遊郭、私娼窟をさすことが多い。色町。
4)頼りになるものごと。よすが。
5)八丈島、鬼界島など、罪人が送られる遠隔地。
6)縞(織り柄の一。2種類以上の色糸を用いて織物の経(たて)または緯(よこ)、あるいは経緯に種々の筋をあらわしたもの。)
7)島台(しまだい。州浜台の上に松、竹、梅に尉(じょう)・姥(うば)や鶴・亀などの形を配したもの。蓬莱山(ほうらいさん)を模したものという。婚礼・饗応などに飾り物として用いる。古くは島形(しまがた)といい、肴などの食物を盛った。)の略。」(広辞苑による)
となっていて、様々な意味がある。
ちなみに、このブログでの島は、1)「周囲が水によって囲まれた小陸地」と、3)「ある限られた地域。界隈。」を指している。
なお、3)「ある限られた地域。界隈。」を島ということについて、(財)日本離島センター発行のシマダスに、
「この「ある限られた地域・界隈」を示すもともとの意味は、南の島々にそのルーツがありそうだ。沖縄・奄美・トカラ列島などでは、「しま」がひとつひとつの集落という意味に加え、創世神や祖霊・精霊たちが住み、自分が死後に帰るべき地、そうした、心の世界まで包み込む大きな空間の全体を「しま」と呼ぶこともある。
「限られた」という言葉の意味が、地域によっては可能な限り「無限の」という意味にも使われるのだ。(以上抜粋)」という記述がある。(後日、そのことについては考証をして掲載したいと思う。)
(日本人の魂の原郷といわれる沖縄は「久高島」で撮影。
久高島は古代の祭祀が残った島。この島の名を軽々しく口にすると罰が当たりそうで、後日、この島については熟慮しながら書きたいと思う。
「日本の根は沖縄にある。沖縄の根は久高島にある。」と池澤夏樹氏が比嘉康雄の著書「日本人の魂の原郷 沖縄久高島」(集英社新書)の帯によせている。
私も、何者かに魂を鷲掴みにされたような気がしたほどで、まさに「無限の」島宇宙である。)
さらにシマダスでは、島が「ある限られた地域・界隈」という意味であることを示す事例として、
「北アルプス登山の玄関・松本市と上高地の間に「島々(しましま)」というところがある。海のない長野県の山の中の「島々」なんて矛盾する命名だが、実際に山あいの小河川の氾濫で中州となったこともあるようだから、事実「島」化した訳だが、乗鞍岳と徳本峠(とくごうとお)に挟まれたすり鉢の底のようなところが「島々」と名づけられること自体、「限られた界隈」の意味を思い起こすのに充分である。(以上抜粋)」
と、長野県松本市安曇の島々(しましま)という集落を紹介している。
調べると、確かに松本市安曇島々(しましま)とう地名があった。島々診療所という医療施設もあるようである。また、新島々(しんしましま)駅という鉄道の駅もみつけた。かつては、島々(しましま)駅という松本電機鉄道(旧筑摩鉄道)上高地線の駅があったようで、現在は台風による土砂災害がきっかけで廃止となってしまったようである。
だが、その個性的な地名を残そうと考えたのであろうか、赤松駅という別の駅を「新島々駅」に改称し、現在もその「新島々駅」に「島々駅」の駅舎が移築保存されているようだ。
(リンクをクリックすると島々駅付近の様子がわかります。)
それから、島と関連する言葉に、「半島」、「列島」、「群島」、「諸島」という言葉があるが、それぞれ次のような意味がある。
まず、「半島」とは、「陸地が海に長く突き出したところ。小さなものを岬・崎・角・鼻などという。」
そして、「列島」とは、「多くの島が列をなして重なっているもの。」
さらに、「群島」とは、「まとまりをもって群がっている島々」
最後に、「諸島」とは、「二つ以上の島の集団」(以上、広辞苑より)となっている。
また、島に近い言葉として、「岩」、「嶼(しょ)」、「礁」、「根」、「石」などがある。それぞれ次の通りである。
「岩」とは、「石の大きいもの。特に、加工せず表面がごつごつしているもの。」
「嶼」とは、「ちいさな島」
「礁」とは、「水面に見えかくれする岩。隠れ岩。」
「根」とは、「海底などの岩礁のあるところ。」でダイビングや釣りなどでいう。
「石」とは、「岩より小さく、砂より大きい鉱物質のかたまり。」(以上、広辞苑より)となっている。
さらには、「島」の分類として、「大陸島(たいりくとう)」、「大洋島(たいようとう)」、「火山島」、「珊瑚島(さんごとう)」、それにつながる「珊瑚礁」がある。それぞれ次の通りである。
「大陸島」とは、「大陸の一部が断層・海食などにより大陸から分離され、または大陸付近に水底が隆起して生じた島。大ブリテン島の類。陸島。分離島。」
「大洋島」とは、「大洋中にある島。大陸と関係がない。火山島・珊瑚礁など」
「火山島」とは、「海底火山の噴出物の堆積によって海面上に出現した島で、多くは列状をなす。伊豆七島・小笠原諸島の類。
(写真は、噴火している三宅島。火山島である。数年前に撮影。)
「珊瑚島」とは、「珊瑚礁が水面に露出して島を形成したもの。環礁で一部が切れてできたもの、ほ礁の一部が切れてできたものなどがある。メラネシアなどの小島の多くはこれに属する。」
(写真は、沖縄諸島の宮古島で撮影。珊瑚島である。)
「珊瑚礁」とは、「サンゴ虫の群体の石灰質骨格と石灰藻とが堆積して生じた岩礁または島。清澄(せいちょう)な暖海の浅い部分に生じ、その形状と位置とによって、鋸礁(きょしょう。大洋島または大陸島の周縁に発達する珊瑚礁)、ほ礁(ほしょう。島または陸地の岸から離れて、これに平行に発達する珊瑚礁。岸との間に浅い潟がある)、環礁(かんしょう。大洋中に発達する環状の珊瑚礁。内部は浅い潟。外側は深い外洋に面する。マーシャル諸島のヤルート島の類)などの別がある。沖縄諸島・南鳥島などに発達。」(以上、広辞苑による)
(写真は、宮古島で撮影した珊瑚礁)
などとなっている。
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(その1より続く)
広辞苑をみても、「離れる」という言葉には、「超越する。」とか「拘束された状態などから解放される。」といった意味もあることが確認できる。
また、「離れ技」は「並みよりも一際すぐれたわざ。」であり賞賛に通じているし、「離れ穢し(ぎたなし)」は、「未練が多くて離れにくい。」とか、「金離れが悪い。しわい(けちという意)。」と、ある意味では、潔く(いさぎよく)離れないことを嘲弄する言葉である。
この様に見てくると「離れるということ」には、どこか潔さ(いさぎよさ)に通じるi意が込められているとも考えられる。
ただし、「離れるということ」に潔さ(いさぎよさ)に通じる何かを感じるためには、無責任で利己的な態度は許されず、利他的で思いやりのある態度がしっかりと担保されていなければならないだろう。
そして付け加えれば、「男はつらいよ」の寅さんのように、家を出てしまっても、そのうちに故郷が恋しくなっ
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