日記・コラム・つぶやき

2009年11月 5日 (木)

渡嘉敷島の阿波連ビーチ入口の気になる!看板。。。

渡嘉敷島の阿波連ビーチ。

その入口の景色が気に入っている。

久しぶりの阿波連ビーチ。

写真を撮ろうと思うと・・・。

Tokashikikanban0

あれ、なんだ。看板?

それと、「ネコ」(建設現場でつかうもので、物を運ぶ一輪車)もある。

Tokashikikanban1

近づいて、カメラアングルを変えて、看板のない写真を撮ろうと頑張る。

だめだ、やっぱり。看板が。

看板がフレームの中にどうやっても入ってしまう。

いい写真は撮れなくてもいいけど、正面にあることが、どうも納得いかない。

ネコはずらせるけど看板は引き抜くわけにはいかないし・・・。

Tokashikikanban2

だめだ。あきためた。

もうしょうがない。看板が主役で一枚。ぱちり。

よく見ると、阿波連ビーチの安全のため、遊泳禁止区域をわかりやすく説明してある看板だった。

安全第一。

でも、特にお気に入りの場所だから、もう少し看板を、真っ正面からずらして設置してもらいたい・・・・。左右どちらでもいいです。

渡嘉敷島の観光関連のどなた様でもかまいません。

なぜ真っ正面に看板があるのか。

もう少し、左右にずらしてほしいのですが、お願いできませんか?

憧れの風景なんです。(このブログのプロフィール写真にも使っているほど。)

もう2か月も前のこと。09年9月上旬の渡嘉敷島は阿波連ビーチ入口にて。

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2009年6月23日 (火)

映画でいろどる花綵列島、日本各地が元気になる。

書籍「映画にしくまれたカミの見えざる手 ニッポンの未来ぢから」(著者:谷國大輔)

ISBN978-4-06-272581-1

この本の第5章は、「映画でいろどる花綵列島、日本各地が元気になる。」である。

花綵列島は、普通、”かさいれっとう”と読むが、ときに、あえて”はなづなれっとう”と呼ぶ人もいる。

この花綵列島は、海流に浮かぶ日本の島々の連なりが、まるで”花綵(はなづな)”のようであることから、それを例えて出来た複合語だが、私はこの言葉の響きがとても好きだ。

日本列島を俯瞰的に眺めれば、花綵(はなづな)のような形をしていてなんともチャーミングな印象なのだが、ただそれだけでない。

北から南、海流に浮かぶ日本の島々は、四季折々、それぞれが多様な花と緑でいろどられている。

そこには、ゆったりとした島時間が流れていて、私の瞼の奥には、どこまでも、のどかな風景が、自然、浮かんでくるのだ。

この本は、そんなふうに、日本の島々を、思い浮かべながら書いた。

”映画「ラストサムライ」のファーストシーンが長崎県の九十九島になったこと”など、ほんの少しだが、直接的に日本の島々にもふれている。

ロケ地を決める口コミとは?

映画で地域を元気にする方法

民の力で地域が栄える映画のしくみなど、

島おこし・離島振興につながる話題も提供している。

身近な疑問をひもときながら、、映画のしくみをわかりやすく紹介した。

プロっぽい目線で映画を鑑賞して楽しめる本。

たくさんのエネルギーをつぎ込んで書いた本である。

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2008年11月15日 (土)

離れるということ2(奈留島に贈られたユーミン「瞳をとじて」、マンハッタン島に向かうビリージョエル「さよならハリウッド」から)

(その1より続く)

広辞苑をみても、「離れる」という言葉には、「超越する。」とか「拘束された状態などから解放される。」といった意味もあることが確認できる。

また、「離れ技」は「並みよりも一際すぐれたわざ。」であり賞賛に通じているし、「離れ穢し(ぎたなし)」は、「未練が多くて離れにくい。」とか、「金離れが悪い。しわい(けちという意)。」と、ある意味では、潔く(いさぎよく)離れないことを嘲弄する言葉である。

この様に見てくると「離れるということ」には、どこか潔さ(いさぎよさ)に通じるi意が込められているとも考えられる。

ただし、「離れるということ」に潔さ(いさぎよさ)に通じる何かを感じるためには、無責任で利己的な態度は許されず、利他的で思いやりのある態度がしっかりと担保されていなければならないだろう。

そして付け加えれば、「男はつらいよ」の寅さんのように、家を出てしまっても、そのうちに故郷が恋しくなってしまい、すぐに帰ってしまうような、人としての可愛げや弱さがあってこそ、潔い(いさぎよい)感じが残るのかもしれないとも思う。

ところで、1975年、長崎県の奈留島の学校(奈留高校)の女子生徒が、深夜放送でDJをしていたユーミン(松任谷由実さん、当時は荒井由実さん)に、「校歌をつくってください」とリクエストをし、ユーミンがそれに応えて奈留島に「瞳をとじて」という名曲を贈ったことはよく知られたエピソードである。

この「瞳をとじて」の歌詞は、「遠いところへ行った友達に、潮騒の音がもう一度届くように、今、海に流そう」と、島から「離れるということ」が織りなす人間模様を描いており、そこに深い郷愁を感じるのだが、その淋しさの中にはどこか未来への希望を含んでいて、その名の通り、島の風景が瞼の奥に浮かぶようでノスタルジックな美しさがある。

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また、ビリージョエルの「さよならハリウッド(SAY GOODBYE TO HOLLYWOOD)」も、

「街を出るのはいつだってまたうまくやろうとするチャンスなんだ。ひと言まちがえりゃ、友達だったやつも行っちまう。ずっと・・・永遠にな。だからいろんなやつが、おれのそばに来てはまた去っていく。ずっと続くのもいれば、すぐに行っちまうやつもいる。人生は、こんにちはと、さよならの連続さ。また別れの時が、来てしまったよ。(歌詞対訳:山本安見)」

と歌っていて、ロサンゼルスを離れる淋しさと同時にマンハッタン島に向かうよろこびも感じられて、「離れるということ」がどこか未来に向けた積極的な力を幾重にも持っていることが自然に伝わってくる名曲だと思う。

以上、離島(りとう)という言葉と「離れるということ」について綴った。

とにもかくにも、これらの曲を聴けば、「離れるということ」がただ単に淋しいことではなく、どこか自主独立に通じた響きがあり、希望につながるパワーをも秘めたものであることを素直に感じることが出来る。

そして、「離れるということ」がもしもそういうものであるとすると、日本が6852の島々から成り、それぞれが海によって「離れていること」から得るものは、ひょっとしたら我々が想像するよりも遙かに大きなものではないかと思えてくるのである。

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東京諸島の御蔵島(みくらじま)で撮影。

ゆっくりと「離れること」で、情感のある想い出に熟成されていく。

島旅の醍醐味ではないかと思う。

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2008年11月14日 (金)

離れるということ1(Dr.コトーのモデル「Dr.瀬戸上の離島診療所日記」と小野田寛郎さんの言葉から)

瀬戸上健二郎先生という、Dr.コトーのモデルとなったお医者さんが書かれた「Dr.瀬戸上の離島診療所日記」に、「世界の中心はどこ?」という節があり、「九州や本州から見れば、取るに足らないちっぽけな離島かもしれないが、視点をかえれば世界の見え方は逆転する。離島に住む人々にとっては、この場所がすべての中心なのである。」とある。

先生は、東シナ海に浮かぶ甑島列島の最南端にある鹿児島県下甑村(現在は、薩摩川内市下甑町)手打(てうち)診療所で28年間離島医療にご尽力された方であるが、その著書を読んでいると、まるでコトー先生が書かれているのではないかと錯覚するほど、下甑島とその島民への視線があたたかい。

例えば、「血の通わない統計の数字では、離島に暮らす人々の数は、日本の総人口の1パーセントにも満たないかもしれない。だからと言って、離島の住民をないがしろにしていいということにはならない。」とも書かれている。

ところで、この離島(りとう)という言葉が出来たのは、同著やシマダス((財)日本離島センター発行)によれば、昭和28年に成立した「離島振興法」の成立以降であると推測されるようである。

明治24年発行の大辞典「大言海」(大槻文彦編)にも離島(りとう)という言葉は掲載されていないらしい。それまでは、「離れ島」などと呼んでいたようだ。

さて、その「離れるということ」についてである。

以前、テレビで戦後30年間、フィリピンのルバング島で終戦を知らされぬまま、最後の一人まで戦い続けた陸軍少尉・小野田寛郎氏の特集をみたことがある。

その時に、生涯忘れないような言霊が次々と小野田さんの口から出て来たのだが、その中でも特に心に残った話がある。

小野田さんは、、「もう20年以上前であろうか、金属バットで親を殺害するという事件」を聞いて、「戦後日本」の行く末を案じたそうである。その後、日本の現状を見すえ、(財)小野田自然塾の塾長として、将来をになう青少年たちの育成に生涯をかけて、力を注いでおられる。

その小野田さんはテレビでこう話していた。(言葉の詳細は残念ながら忘れてしまった。以下は仰っていた内容である。)「この事件の少年は、どうして家を出なかったのだろう?、どうして、そこまでするぐらいなら、親と離れなかったのだろう?」

そして、「人間、頭にきたりとか、はらわたが煮えくりかえるような出来事は避けられないけれども、しょうがないじゃないですか。でも、そこから離れることはできる。僕なら家を出ていたのにどうして、・・・・・」などと話されていた。

最近のいくつかの凄惨な事件を耳にして、小野田さんの言葉を思い出した。

「どうして離れなかったのだろうか?」

瀬戸上先生も同著に書かれている。「別離や離散など、離れるという言葉には寂しさや悲しさがただよっている。(中略) だが、長年「島」で、いや「離島」で暮らしてきた身としては、まったく気にならないのである。(中略) 「離」という言葉の背景には、ただ距離をとって孤立しているという意味だけでなく、自立している、自主独立の精神も隠されているのではないか。」

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数年前に沖縄島で撮影。奥に写っているのは「離島か岬か」。

今になっては記憶にはなく、写真でもよくわからない。

(その2につづく)

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2007年11月 6日 (火)

北の島から、冬眠しているような利尻島

北海道の利尻島。

そろそろ冬が近い。

風が強くてとても寒い。

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土曜日の午前中、人も車もほとんど外には出てこない。

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お店もほとんど閉まっている。

熊が冬眠するように、島も冬眠しているよう。

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2007年8月25日 (土)

マイ箸と割り箸(日本の島々は木がよく生える)

マイ箸とは、自分の箸を持ち歩く、その箸。

ずっとまえ、環境関係の人に触発されてトライしたことがあるが、残念ながら長くは続かなかった。

単純に「変わりもの」と思われることがあったし、持ち歩いて食後に洗うのは一苦労だ。

でも、マイ箸、質の良い箸で食べる食事はおいしい。

「なんで、そんなのつかっているの?」

と怪訝な顔で聞かれたときには、

「割り箸はほとんどが中国の皆伐で、日本の間伐材じゃない、とかいった環境問題に加えて、割り箸は毒素が入っているよ・・・」

いろいろ理屈をつけていたのだが、どうもなりきれない。

日本の島々は高温多湿でどんどんと森林が育つが、大陸の多くの地域ではそうはいかない。

だから、環境への影響は大きい。

でも、やめてしまって久しい。

それが、最近、マイ箸を持っている人に会った。

堂々と、マイ箸を使っている。

聞くと、「割り箸から体に悪い成分がたくさん出ているよ。」などという。

マイ箸もメジャーになりつつありようだ。

マイ箸をしていた時には、同じ理屈で理論武装していた、というか、言い訳の一つにしていたのだが、どうやらこのことが一般論になってきているようだ。

口に入れるのは食べ物だけじゃない危ない中国製割り箸」という記事を見つけた。

「割り箸を使って森を守ろう」などという専門家も多く、

日本の間伐材を活かした割り箸ならいいと思うのだが・・・・。

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写真は、秋田県で撮影した世界遺産の白神山地。

(割り箸とは直接は関係ありません。)

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2007年7月31日 (火)

地方の疲弊と選挙結果(郵政解散選挙と参院選挙の違いについて)

政治アナリスト花岡信昭氏の「参院選の結果から何を読み取るか

コラムでは、

「小泉・安倍構造改革によって地域格差が生じたとすると、なぜ、2005年9月の衆議院選挙で自民党は圧勝したのか?」といった内容の疑問を投げかけていた。

だが、その矛盾を分析せずにそのままにして、「格差拡大とか地方軽視といった批判は”取ってつけた理屈”なのであって、有権者の判断基準は別のところにあったのではないか」などと述べ、年金問題、政治とお金の問題などを取り上げて参院選の結果を説明していた。

そこで、私は地域格差の問題に焦点をあて、その理由を推測してみた。

その謎を解くエピソードがある。

2005年9月頃、つまりは郵政民営化解散の頃、私は地方で何度か、「今回は郵政民営化を問う解散。小泉さんの構造改革、”痛みに耐え”といっているけど、”すごいんだな~、厳しいんだ~”。でも、今回は郵政民営化解散だから自民に入れた」と話しているのを聞いた。

また、当時は時代の雰囲気が今とは大分違っていた。逮捕されたホリエモンなどが英雄視され、村上ファンドが市場を席巻し、テレビCMも消費者金融であふれかえっていた。

つまりは、なんでもかんでも市場原理にゆだねる風潮が吹き荒れていた。

そして、衆院選についてみても、上記のようにまるで「郵政民営化だけが争点になっている(むろん、そんなわけはないのだが)」と思っていた人が多かったように思う。

(本来、「郵政民営化」などという難しい問題は、立法府を担う国会議員の方々が日々勉強をしてその方向性を決めるべき案件で、その仕組みを詳しく勉強していない一般国民に決めろというのは酷ではないか。)

そして、それから約2年が過ぎた。

最近は、コムスンの問題が取り沙汰されるなど、市場にゆだねることの限界が顕在化しはじめている。

このように、2年前の様子と今日では、社会の空気がまったくといっていいほど違っていることがわかる。2005年9月衆議院選挙の頃と今日では時代が変わったといっていい。

今日は激動の時代。時代の変化はめまぐるしく、「市場にゆだねることで生じる理不尽な格差」、「地域格差」など対する不満はますます激しさを増していくのではないか。

ちなみに、立花隆氏「次期リーダーまでぶっ壊した参院選大敗の戦犯小泉前首相」や

福岡政行氏「首相続投宣言で自民党は最大の危機を迎える」のほうはとても参考になった。

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2007年7月30日 (月)

地方の苦悩「改革路線」とは?(辞書に無い「改革路線」という言葉)

この5~6年、離島を含めた地方と東京との地域格差の拡大にはただただ驚いていた。

「日本列島はどうなってしまうのだろう。この問題に対して、地方の人がいつまでも黙っているはずがない。」と2~3年前から考えていたが、ようやく今回の参議院選挙でそれが結果となって表れたようである。

この問題で、まず明らかにしなければならないのは、はたしてこの地域格差は「改革路線」による”一過性”の痛みなのか、それとも”地方切り捨て”なのかということである。

それを考えていくときに、何より困るのは、「改革路線」という言葉が辞書に載っていないあいまいな造語であること。

選挙後も、マスコミや経済団体などが、こぞって「改革路線を続けていってほしい」などというおかしな表現を続けている。

「改革路線」などという言葉はないので、それを分解してその意味を推定してみた。

1)「改革」とは

「改めかえること。改まり変わること。目的が国家の基礎に動揺を及ぼさず、方法も暴力的でない変革」(広辞苑 第5版による)

「基盤は維持しつつ、社会制度や機構・組織などをあらため変えること。 」(大辞林 第二版による)

また、2)「路線」とは

「進むべき道筋。方針。」(広辞苑 第5版による)

「始点から経過地を通り終点にいたる道路の位置を示す線。政党などの掲げる運動の方向。」(大辞林 第二版による)

そして、補足であるが

3)道筋とは

「通って行く道。通り道。物事の道理。条理。すじみち。」(広辞苑 第5版による)のことである。

とすると、「改革路線」という言葉は、

改革の目指す「方針」だけを指しているだけでなく、それに至る「道筋」を含めているとも考えられる。

今回の選挙結果は、少なくとも「改革の道筋」に修正を迫ったと捉えるのが妥当だろうし、

だとすると、”改革の方針”と”改革の道筋”を分けて説明をしないと、「改革路線を支持する」主張の意味するところがよくわからない。

日本の人口は全国的に減少し、財源も限られているのだから、

「”官から民へ”、”小さな政府を目指す”、”国から地方へ”、”地域でできることは地域へ”などという改革の方針」を選択するのは理解できるのだが、

それよって、「市場経済で解決できない地域の社会問題をどうしていくのか」、「限界集落などがどうなっていくのか」という説明と、それに至る「改革の道筋」がはっきりしないので不安になってしまう。

もし、離島を含めた地方の苦しみが「改革の道筋」のなかで、”地方切り捨て”でなく”一過性”のものであるのなら、

せめて「改革路線」などという意味不明の造語を使わずに、「改革の方針」、「改革による地方の将来像」、そして、「改革を進めていく道筋」等をしっかり分けて説明してほしい。

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写真は、ある離島で撮影した蔦に覆わて朽ちた家屋。

中山間地域や離島ではよく見る風景だ。

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2007年7月19日 (木)

島国日本の選挙風景「選挙に出馬する動機は何?」

もうすぐ選挙。

田中秀征氏の「参院選、「国家のため」「誠実」「清潔」を叫ぶ人は要注意」という記事に目がとまった。

たまたま偶然、何人かの知り合いが今、国会議員になっている。

そのうちの一人、当人が出馬する前に、

「何で?何で選挙にでるの、動機は?」と聞いた。

選挙への出馬に限らず、人が世間一般の人と違った言動をしたり、行動をとったりしたとき、その内容がすばらしかったとしても、

「そもそもそういう行動に、彼(若しくは彼女)を駆り立てたものは何か?」

「そういったことを行う、エネルギーは彼(若しくは彼女)のいったいどこから出てくるのだろうか?」

などと、考えてしまう。

要は、動機に目がいってしまうのである。

(特に選挙の時とか、ベンチャー企業の創業者に対して)

選挙といえば、候補者は、写真が街に張り出され、知らない人と握手などをして、大声で手を振っている。

おそらく、普通の感覚では、恥ずかしくてなかなかできない。

そういえば、日本には、そもそも欧米のような演説の歴史はなかったと、司馬遼太郎さんの本のどこかで読んだことがある。

(ただ、「日本には、お坊さんの説教があり、それが欧米の演説に近いものであったのかもしれない」といったようなことが書かれていたように、うっすらと覚えている。)

「選挙に出る!恥ずかしくないの?」

そんなふうに考えてしまうのは、ひょっとしたら、敗戦によって借りものの民主主義教育を受けた、島国根性の表れなのかもしれない。

それとも、日本の選挙風景が時代遅れなのだろうか?

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写真は、アメリカのサンタモニカ。

ずっと前、フロリダ州で大統領選に出馬したクリントン候補の選挙演説に出くわしたことがある。(その後、大統領になった。)

選挙演説というより、まるでロックコンサートのようで、候補者はスーパースターのように振る舞っていた。

選挙の様子も、国によって大分違っているようだ。

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2007年7月 5日 (木)

久高島のこと2、久高島の肝試し、それから久高島土地利用管理規則のこと

沖縄県の久高島。

久高島土地憲章の詳細を定めた規則が、久高島土地利用管理規則。

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久高島の港の丘で撮影。

この後、島に一軒だけという、すぐ脇の食堂で地元料理をゆっくりと食べ、

すると、

宿への帰り道は、懐中電灯がないと歩けないほど真っ暗で、

まるで肝試しをしているような感じになった。

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久高島土地利用管理規則

第一条 この規則は、久高島土地憲章(以下憲章という)を円滑に実施するために、土地の利用と管理について定めるものである。
第二条 ①憲章第一条に定める字民は、土地を利用する場合、所定の書面  
をもって土地管理委員会(以下委員会という)に申請しなければならない。但し、申請人がかつて字民であった者の子孫である場合にはその関係を証明する書類、申請人が法人である場合には法人登記簿などの書類を添付しなければならない。代理人による申請には委任状の添付を要する。
②憲章第一条第二項の定住期間は、継続して三年間とする。
第三条 申請人はあらかじめ希望する場所を特定して申請することはできない。
第四条 委員会はこれらの申請について、次の各種の土地に関する規定に従って審議し、決定しなければならない。承認の決定は委員の三分の二以上の賛成を要する。但し、申請に利害関係のある委員は審議・決定に加わることはできない。
①宅地
委員会は、申請人が生活の本拠とするための宅地に限り、家屋の規模や家族構成などを斟酌して、百坪を上限に許可することができる。但し、土地使用貸借契約から二年以内に着工しなければ、委員会は土地の返還を求めなければならない。
②農地
委員会は農業経営の規模などを斟酌して、三千坪を上限に許可することができる。但し、農地を五年以上放棄した者はこれを字に返還しなければならない。
③墓地
委員会は墳墓の規模などを斟酌して、十坪を上限に許可することができる。墳墓の築造が緊急を要し、一坪以下の簡易な墳墓の場合には委員会の許可を要しない。但し、委員会が用地を指定し、字会の事後承認を得なければならない。
④その他事業用地等
申請人が、前①②③以外の用地として利用するときは、委員会は目的や工作物の規模などを斟酌(建坪面積の概ね三倍)して、三百坪を限度として許可することが出来る。但し、公益事業については、この限りではない。
公益事業を次のとおり定めることとする。
⑴公共事業
⑵電力供給
⑶水道・下水道
⑷燃料供給
⑸情報通信
⑹医療・保健・福祉
⑺その他字の公益に関する事業
⑤利用権を付与されている申請人は、事業目的、内容などの変更があったときは、委員会に届け出て承認を得なければならない。
第五条 土地の利用権を付与されている申請人は、その利用地に課される公租公課を負担しなければならない。
第六条 字は土地の公平・公正かつ適切な利用・管理のために、利用地の利用料を徴収することが出来る。
①事業用大規模農地 十円/坪(年間)
②その他事業用地  百円/坪(年間)
第七条 委員会は決定について字会の承認を得るため、区長に字会の招集を要請しなければならない。
①字会は委員会の決定を定足数の三分の二以上の無記名投票による賛成で承認することができる。
②前項の承認を受けた者は、手続費用として金一万円を納付するものとする。
③申請人は委員会および字会で承認されなかった案件について、以後一年間は同一内容の申請を行うことはできない。
④申請人は自ら字会に出席し、必要があれば補足説明を行わなければならない。但し、申請人が老齢または病弱の場合は代理人の出席を認める。
第八条 委員会は字会による承認または不承認について書面で申請人に通知し、申請人との間で土地使用貸借契約書を取り交わさなければならない。
第九条 申請人は事前に所定の書面による工事着手届を提出しなければならない。
第十条 委員会は着手届を受理したら、申請人の立会いのもとで承認された土地を測量して、表示標識を設置しなければならない。
第十一条 申請人は工事が完了したら、所定の書面による工事完了届を提出しなければならない。
第十二条 委員会は完了届を受理したら、使用貸借契約書の違反がないかどうかを確認し、違反があれば取消、原状回復、返還、損害賠償などの適切な制裁を講ずることができる。
第十三条 委員会は次のような文書類と印鑑等を備えなければならない。
①土地憲章、土地利用管理規則、土地利用基本計画
②会議録
③文書受理・発送簿
④申請書綴
⑤決定書控綴
⑥工事の着手届と完了届書類綴
⑦土地使用貸借契約書綴
⑧土地管理委員会文書の閲覧者名簿
⑨土地管理委員会委員長印
⑩受理印
第十四条 憲章第一条に定める字民は、これらの文書を自由に閲覧することができる。
第十五条 この規則は、委員会の提案を受けて、字会で定足数の三分の二以上の賛成をもって改正することができる。
第十六条 委員会は憲章に基づいて審議した結果について責任を問われないようにしなければならない。

附則
この規則は平成十一年八月十四日から施行する。

附則(平成十七年四月一日一部改正)
この規則は平成十七年四月一日から施行する。
     
(経過規定)
この規則の施行前に生じた事項にも適用する。

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