映画・テレビ

2007年10月 1日 (月)

奄美大島、島の裁判官奮闘記「ジャッジ」のロケ地

NHKの土曜ドラマ「ジャッジ」が10月6日(土)から放送されるようだ。(全部で5回)

ロケ撮影は奄美大島と大阪で2007年6月から8月にかけて行われたらしい。

ドラマの舞台は鹿児島県の南に浮かぶ架空の島「大美島」

そのロケ地が奄美大島。

あげーのしま 奄美というブログにロケ撮影の現地の様子が紹介されていた。

このブログによると

奄美大島は瀬戸内町の久根津(くねつ)、嘉鉄(かてつ)、清水(せいすい)などの集落、

それから鹿児島県の合同庁舎などでロケ撮影を行っていたらしい。

以前、ダイビングで奄美大島に行ったとき、その瀬戸内町を歩いた。

Dsc03490

写真は、奄美大島の古仁屋港から大島海峡をはさんだ対岸の加計呂麻島に渡る船から撮影したもの。

Dsc03492

こちらは、古仁屋港の近くで撮影したもの。

| | コメント (2) | トラックバック (2)

宮古島市の来間島・池間島・大神島、映画「木更津キャッツアイ~日本シリーズ」のロケ地

宮古島市が映画「木更津キャッツアイ~日本シリーズ~」のロケ地であることは案外知られていない。

映画で、どうみても東京湾には見えない南国の砂浜のシーン。

それが宮古島市の島々だ。

宮古島の与那覇前浜の沖に浮かぶ来間島長間浜

それから、宮古島の北に浮かぶ池間島

Dsc02259

池間島で撮影。池間島の砂浜。(映画のロケはこの砂浜ではない。)

それから、宮古島の島尻港から船で行く大神島でもロケ撮影があったという。

(ただし、池間島と大神島でのロケについては巷の噂です。はっきりとはわかりません。)

Dsc02265

こちらが宮古島から撮影した大神島。文字通り神聖な島として知られている。

宮古島市の離島の位置関係はこちら

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月24日 (月)

昭和基地のあるオングル島のリアルタイム映像

南極大陸のオングル島

映画「南極物語」の舞台になった昭和基地がある。

(映画のロケは、北極のカナダ領、コーンウォリス島のリゾリュートにオープンセットで行われた。)

WEBカメラでその昭和基地からのリアルタイム映像をみることができる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月18日 (火)

サンゴの白化現象は海水の酸化も原因の一つ(映画「不都合な真実」のDVD特典映像より)

サンゴの白化現象。

石垣島の白保だけでなく、各地で白化現象が進行している。

海守のブログには、「広範囲にわたって白化現象が進行していることは明らかで、一刻も早い原因究明が必要です。」とある。

また、「白化現象によるサンゴ大量死の原因は、海水温上昇や海へ流れ出る土砂の影響などが有力視されていますが、詳しいメカニズムは不明・・・」だという。(海守のブログより)

ドキュメンタリー映画の「不都合な真実

そのDVD特典映像で、ゴア前大統領(短期間だが大統領に当選。そういえば、ダイアナ妃の事件のように不可解な選挙だった・・・・。)が、白化現象の原因の一つが海水の酸化だと話していた。

なにしろ、二酸化炭素による海水温の上昇の影響も大きいが、二酸化炭素が海水に溶け込むことによって海水が酸化し、カニや貝、そしてサンゴなども生きていくことが難しくなるらしい。

このことは、映画「不都合な真実」の公開以後に明らかになったという。(だから、特典映像のインタビューでゴア氏が話していた。)

この問題は、ダイビングで海に潜るので関心をもっていたが、好物のホタテ、ミル貝、牡蠣など、貝類、それからカニにも影響があるのか・・・。

ちなみに、映画「不都合な真実」では、海水温の上昇により、2050年にはサンゴ礁が壊滅的な状況になる可能性があるとも説明していた。

また、映画の中で、意味深な例え話があった。

「熱いお湯に飛び込んだ蛙は驚いてお湯から飛び出すが、徐々に暖まっていくぬるま湯にいる蛙は助け出さないと気づかずにそのまま茹だってしまう。」らしい。

人と蛙を重ねていた。

そして、蛙のように陸に上がれないサンゴ。

その白化現象(死)をサンゴが自ら止めることは、突然変異でもしない限りはできないに違いなく・・・・。

Dsc03924

渡嘉敷島で撮影したサンゴ礁。

Dsc04043

こちらは、お気に入りの場所、渡嘉敷島の阿波連ビーチ。

エメラルドの海、色の濃いところは、岩が集まっていたり、サンゴがあったり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月30日 (木)

水没の危機にあるツバルの島々と映画「ウォーターワールド」の世界

映画「ウォーターーワールド」は地球温暖化によって海面の水位が上昇し、ほとんどの陸地が地球から消滅してしまうというSFタッチのアクション映画だが、どこかリアリティーがある。

Dsc02907

(写真は、ロサンゼルスのウォーターワールドのアトラクションで撮影。映画のなかの人類の子孫たち、陸地がなくなった地球で、この写真のような要塞を築いて生活していた。)

地球から陸地がほとんどなくなって、人間が突然変異して両棲人間が誕生している。

(海で生まれ海で育つうちに、突然変異がおこって、耳の後ろにエラがあり、水中でも呼吸でき、足の指も水かきのようになっている、それが両棲人間だ。)

真水がないために、小便を濾過した後に、それをまた飲み、残りを小さなプランターにやったりしている。

また、着るものもぼろぼろで、食べ物もほとんどない。

陸地がなければ、真水もなく、したがって、植物も育たないわけで、そうなると生活はこうなるのだろう。

「祖先が地球をこんなにした」などと我々の子孫(まだ両棲人間に進化していない人間たち)は怒りをあらわに叫んでいる。

ところで、この映画は1995年のものだが、その後2000年にツバルは国民の海外移住を決断した。ツバルの島々などはまさに水没の危機にあるのである。

ツバルは9の珊瑚島からなる国。面積は約25.9k㎡。2006年の人口は9,652人。

ずいぶん前から、ツバルでは海面上昇が問題になっていたが、それがいよいよ島民の生活に直接的に影響を及ぼし始めた。

海面上昇によって陸地が減って住めなくなった人々。まさに環境難民である。

ツバル政府はオーストラリアとニュージーランドに移民受入を要請したが、オーストラリアはそれを拒否し、ニュージーランドへの移住もすすんでいないようだ。

陸地がないとどういうことになるのか。

今、小さな島々からSOSが発信されている。

Dsc00327

(写真は、アメリカ西海岸の上空で撮影した陸と海の境界。)

| | コメント (2) | トラックバック (9)

2007年8月25日 (土)

映画「家族」の伊王島

映画「家族」(山田洋次監督)の一家のふるさとは長崎県の伊王島

ちなみに、家族はクリスチャン(カトリック)であり、炭坑の閉山などの事情もあって島を後にする。

sea33889

家族は北海道での開拓を夢見て、長崎県伊王島から北海道中標津に移り住むために、高度成長に沸く日本列島を南から北へ縦断する。

Dsc06521

映画では、伊王島をはじめ、当時の日本各地の様子がよくわかる。

写真は、以前、長崎半島の西岸から長崎市に向かって撮影したもの。

たぶん、奥の方に伊王島が写っているはずである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月23日 (木)

映画「浮雲」の屋久島

映画「浮雲」。成瀬巳喜男監督の代表作。

「腐れ縁」とは、離れようとしても離れられない悪縁、なかなか断ち切れない好ましくない関係、悪縁。くさり(鎖)縁といもいう。

この映画の男女はその「腐れ縁」でずっとつながっている。

だが、映画が終わりに近づく頃。

屋久島に向かう小舟で病の女、ゆき子(高峰秀子)が雨に打たれている。

そして、それを真摯にかばう男(森雅之)の姿がある。

(この映画の主人公には、男、女といういい方がよく似合う。)

この腐れ縁は、勝ち負けとか、損得とか、そういった理屈では説明できない何かが、どうもどこかに潜んでいたようだ。

映画の屋久島は国境の島で、医者もいない島。

「島流し」などという言葉を女がつかってもいる。

しかし実際は、1953年(昭和28)年12月25日に奄美群島は日本に復帰しているから、映画の撮影時には屋久島は国境の島ではなかった。

また、映画のロケ撮影は実際は伊豆で行われたそうだ。

Dsc07544

屋久島の風景。映画のように、いまにも雨が降りそうだ。

Dsc07649

屋久島に向かう小舟も、こんな海原にあった。

数年前に屋久島で撮影。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月13日 (月)

映画「うみ・そら・さんごのいいつたえ」の石垣島

映画「うみ・そら・さんごのいいつたえ」

監督は椎名誠で撮影は中村征夫(なかむらいくお)。

ロケ地は石垣島。白保地域など。

海や島が好きな人におすすめ。映像が美しい。

Dsc05618

石垣島の「うみ」

海面あたりで何かが泳いでいる。ハリセンボンかイカ?

Dsc05686

「そら」

マンタの上に太陽がみえる。

Dsc05585

そして「さんご」

どれも石垣島で撮影。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月11日 (土)

阿久悠さん「瀬戸内少年野球団」の淡路島

阿久悠さんの出身地は淡路島。

映画「瀬戸内少年野球団」の舞台である。

(映画のロケ地についてはこちら

製作はYOUの会=ヘラルド・エース

YOUは阿久悠さんのYOUなのだろうか。

その阿久悠さんのテレビ特番を数年前に見て、その偉業に圧倒された。

「これも、あれも、みんな阿久悠さんだったのか。」

子供の頃に、友達とふざけて、物まねをしながら歌った懐かしい曲が次々と紹介されていた。

その阿久悠さんと仕事をご一緒したことがある。

オフィス・トゥ・ワンというプロダクションを訪問し、阿久悠さんと名刺交換をして会議を同席した。

物静かだが、なにもかも見透かされるようであり、それでいて、思いやりのあるやさしい人だった。

そして、その阿久悠さんという偉大な才能を産出した島、淡路島を訪れたのは、それから何年もしてからで、西暦2000年の淡路花博の時である。

映画「瀬戸内少年野球団」のなかで、主人公の駒子先生(夏目雅子)の夫である中井正夫(郷ひろみ)さんが、淡路島を花卉栽培によって花いっぱいにしようと夢見ていたのだが、淡路花博会場には、まさにその通りになっていた。

Dsc08170

(写真:沖縄本島の植物園で撮影)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月12日 (木)

映画「喜びも悲しみも幾年月」と男木島、女島、佐渡島など

木下恵介監督の映画「喜びも悲しみも幾年月」

瀬戸内海の香川県「男木島」

東シナ海の長崎県「女島」

日本海の新潟県「佐渡島」などいくつかの島がロケ地になっている。

Dsc00630

写真はロケ地の一つ、離島ではないが、本州(神奈川県)の観音崎灯台

Dsc00661

観音崎灯台から見た東京湾の眺め。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月29日 (金)

海洋基本法と離島(雑誌「島」のことなど)

(財)日本離島センターが発行している雑誌「島」の最新号(210号)で、

海洋基本法の第26条

「離島の保全等」という条文についての

時評が掲載されていた。

タイトルは~潮流 「海洋基本法」離島条項の読み方」~

その他にも、この号には、

~映画「裸の島」は何を遺したか~

などが掲載されていて、面白い。

Dsc01894_2

写真は、(財)日本離島センターが毎年開催しているアイランダー。

2001年に撮影。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月21日 (木)

奄美大島、テーブルサンゴ、映画「男はつらいよ」満男の海

奄美大島のテーブルサンゴ。

Dsc03116

加計呂間島と奄美大島の間の海。

寅さんの48作「寅次郎紅の花」で、甥の満男が素潜りをしていた癒しの海。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月 7日 (木)

日本の島、松島(知らんぷりをしない島)

「甦る ひょうたん島、佐賀・松島」という島の再生をテーマにした映像がNHKにある。(NHKアーカイブス)

sea33889

昭和63年に島の小学校(分校)が閉鎖されたが、平成8年に10年ぶりに再開された。

島ではごく普通のことなのだが、島の人たちがお互いに助け合い、「知らんぷりをしないこと」によそ者が感心して心を打たれていたのが印象的であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月14日 (月)

日本の島、野忽那島

野忽那島(のぐつなじま)には、シーサイド留学センターがある。

Dsc00161

小学校の存亡をかけて始まったという。平成18年で17年目となる。

留学生も延べ106人で、家族ぐるみの交流の輪が育っていると聞いた。

留学してきた小学校の子供たちは自然豊かなこの島で生活している。

ちょうど「北の国から」のように都会にはない何かを見つけて帰って行くのだろう。

また、額場(ぬかば)海水浴場は穴場で世俗化していなくいらしい。それを避ける海水浴には穴場でおすすめとのこと。

Dsc00157

それから、皿山展望台からの眺めは美しい。

Dsc00149_1

以前にもこのブログでご紹介したが、「船を降りたら彼女の島」にもこの皿山からの風景が映っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月 3日 (木)

青ヶ島で聞いたパーフェクトストームみたいな大波

青ヶ島の港は、要塞のようである。

聞くと、台風の時などに大きな波が来るので、その時に船をずっと上の方に引き揚げておくのだという。

Dsc01254

「その大波は、映画”パーフェクトストーム”みたいに凄いんですか?」

と冗談交じりで問いかけると

「ああ、ああ、あんな感じ。」

と笑いながら答えてくれた。

そして、「あの映画の波は何メートルぐらい?」などどそばにいた島の人に聞いている。

そうこうするうち、

「いや、あの映画の大波とそんなに変わらないんじゃないかな。なにしろ、あそこの上あたりまで波が来たことがあるんだから。」と

どこか誇らしげに、要塞のような絶壁の遠く上の方を指さした。

その指の先を見上げると、あまりに高くて、くらくらとめまいがしそうである。

そんな話を聞いていると、太平洋に浮かぶ絶海の孤島にいることが急に現実味を帯びて感じられ、自分がどんどん小さくなっていくような気がした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月 1日 (火)

沖縄本島の崎本部ビーチのゴンズイ

沖縄本島の崎本部ビーチで見つけたゴンズイ。

Dsc01451

毒があるから要注意。

ミミズのように絡まりながらかたまりになって群れていた。

「千と千尋の神隠し」でみた、何かに似ている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月 3日 (火)

映画の中の島風景17(「ニライカナイからの手紙」の竹富島)

「ニライカナイ」といえば沖縄で何度も耳にした海のかなたの楽園である。

広辞苑をみると、「海の彼方にあると信じられている楽土。そこから年ごとに神(赤また・黒また・まゆんがなし、など)が訪れ、豊穣をもたらすと考えられている。」とある。

「ニライカナイ」については、沖縄の島々の郷土史を読めば、まずはどこかでその言葉を見つけることが出来るし、おそらくは島の閉ざされた厳しい生活のなかで夢見る水平線の彼方にある桃源郷のようなものだろうと思っている。

沖縄の浜辺で、遠く水平線を眺めていると、「ニライカナイはどのあたりにあるのだろうか」などと、その存在が自然に感じられてくるから不思議だ。

映画「ニライカナイからの手紙」は、竹富島がロケ地になっているが、まさに島があっての映画である。

映画の初めに、「米も育たぬ土地、台風がたびたび猛威をふるう島で、「うつぐみ」という相互扶助が今でも残っている。」といった内容のテロップが映っている。

その「うつぐみ」が、両親を亡くした島の小さな女の子を、見守り育てた。

寡黙な「おじい」がいかにも島人らしく、共同体がバラバラになってしまった大都会で暮らしていると、竹富島そのものが「ニライカナイ」のようにも思えてくる。

Dsc00171_1 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月 1日 (日)

ロケ地について27(東京は「ブレードランナー」、与那国島から)

ロケ地としての東京のイメージとして、映画「ブレードランナー」を挙げる人が多い。

「ブレードランナー」を見たが、そこに描かれていたのは、異文化が混在した迷宮都市であり、人混みがどことなく恐ろしく感じられる不可思議な街であった。

また、ハイテクによって都市システムが支えられているのだが、その中に、人間のどろどろとした欲情が蠢いていて、よそ者にとっては、混迷の中に妖気がただよっていると感じなのだろう、とにもかく恐怖心を煽る一面があるようである。

Dsc00013 

(写真は神田祭。秋葉原の近くで、ハイテクと伝統が混在している。)

以前、与那国島の知り合いが東京に来たとき、東京案内をしたことがある。

その方も「東京」を本気で怖がっていた。

島では陽気で明るくおおらかな大人の男子が、子供をお化け屋敷に連れてきたように、あまりにも本気で怖がっているので、とにもかくにも、その様子が可笑しかった。

「怖い。電車はやめてホテルにタクシーで戻ります。」と、あたりを見渡し、逃げるようにタクシーに一目散に乗り込んでいった。

どうも、東京のイメージは映画「ブレードランナー」のシーンに重なるらしい。

Dsc00032

(写真は文京区の後楽園の近くで開催された「牛の2頭分丸焼き大会」。大都会の真ん中に焼き肉の煙が立ちこめている。確かにどこか「ブレードランナー」の印象がある。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月31日 (土)

日本の島とアメリカ大陸8(ハリウッド9「ウォーク・オブ・フェイム」)

ウォーク・オブ・フェイムの歴史は長い。

Dsc00422

1953年に荒れ果てたハリウッドの街を活性化しようと、街の商店主たちが企画したという。このあたりは、日本の商店街活性化の発想となにも変わらない。

1960年から設置が始まり、はじめは1550人分の星形がつくられたらしい。

現在でも1年間に20人分ぐらいずつ増えているようで、今での成長を続けている。

延べで5kmの長さになるとガイドにはある。

新しい敷石が埋め込まれるときには、有名なスターが出席してのセレモニーが行われるというから、さすがはハリウッド、まさに地域ブランドというところだろう。

Dsc00448

華やかなまちおこしイベントが定期的に行われているということで、いまのところ、日本ではなかなかここまでできていない。

アメリカは建国200年と歴史の浅い国であるが、「映画については、どの国よりも歴史があるのだ。」と、この星々が誇らしげに語っているような感じがした。

このあたりが、映画に対するアメリカ人の思い入れの深さと関係があるのではないか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本の島とアメリカ大陸7(ハリウッド8「コダックシアター」)

2001年の秋にオープンしたコダックシアターは、アカデミー賞授賞式の会場として知られてる。

Dsc00467

このコダックシアターの中に入った。

すると、エレガントな階段が目に飛び込んできた。テレビなどでなんども見た階段である。

しかし、この階段、ただの階段ではないようだ。

まさに建物の主役を演じていて、まるで銀幕のアクターのようである。

Dsc00464

コカコーラの瓶(最近はあまり見かけないが)のように腰のあたりがくびれていて、ハリウッドスターの衣装がそのまま階段になったような印象である。

子供の頃(30年位前だろうか)から、何度かハリウッドの街を訪れているが、昔はチャイニーズシアターがあったぐらいで、このあたりは、荒廃し治安が悪くて危ない所という記憶しかなかったのだが、随分と変わったものである。

調べると、やはり地道な「まちおこし」があったようで、このあたりは日本と少しも変わらない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月30日 (金)

ロケ地について26(ハリウッド7「新宿高層ビルを綱渡りする幻のスタントマン」)

以前、新宿の超高層ビル街で超高層ビルのてっぺんどうしをロープで繋いで、そのロープをスタントマンが綱渡りするという映画の撮影が企画された。

Dsc00242

しかしながら、撮影の許可は下りなかった。日本は今のところ、超高層ビルの綱渡りどころか、警察の道路使用許可すらなかなかおりないようである。

一方、海外では、爆発を起こしたり、カーチェースをしたりと、スタントマンの演技も半端ではない。

東京にいると超高層ビルの綱渡りも奇想天外な発想におもえるのだが、ハリウッドにいるとそれが普通に感じてしまう。まさに、所変われば品変わるである。

Dsc02917

ユニバーサルスタジオのウォーターワールドで撮影。

爆発の熱気が伝わってくる。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年3月28日 (水)

ロケ地について25(ハリウッド6「ロケ地ツアー」)

ハリウッドスターの豪邸巡りは有名であるが、そのほかにも、ロスアンゼルスを舞台にしたロケ地を訪ねるツアーがある。

また、スタジオツアーもユニバーサルスタジオの他、ソニーピクチャーズスタジオ、NBCスタジオ、パラマウントスタジオなど、いくつものツアーが組まれている。

それに、ハリウッドミュージアムには、マリリンモンロー、エルビスプレスリー、ビビアンリーなどが実際に着た衣装が飾ってあったり、ロッキー(シルベスタ・スターローン)のグローブなども展示されている。

チャップリンのサインなども何気なくおいてあり、その内容の濃さにハリウッド映画の厚みを感じてしまう。

最近ものだと、「硫黄島からの手紙」の衣装(軍服)もあったし、「バベル」で菊池凛子さんが着た女子高生の制服までもある。

ちなみに、靴はハルタであった。

Dsc02975

写真はハリウッドミュージアム

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2007年3月27日 (火)

ロケ地について24(ハリウッド5「ロケーション撮影の日米比較2」)

アメリカはハリウッドのロケーション撮影では、歩行者道路(歩道)も通行止めである。

だが、だれも文句一ついっていない。

映画に対する思い入れが違うだけではない。

映画産業を支える国の仕組みがそもそも違うということだろう。

Dsc02971

ハリウッドで撮影。歩道が片側、完全に通行止めになっていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ロケ地について23(ハリウッド4「ロケーション撮影の日米比較1」)

ハリウッドでロケーション撮影の現場を偶然に見つけた。

様子が日本とは大分違っている。

自動車も交通規制をうけ、ロケーション撮影が優先である。

車の運転手からのクレームなどもないようで、撮影がスムーズに行われている。

さすがは、映画の都「ハリウッド」である。

Dsc02931

(ハリウッドで撮影)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月26日 (月)

ロケ地について22(ハリウッド3「硫黄島からの手紙」)

スタジオのオープンセットはどんな街にもなれるように、看板などはついていない。

すぐにどこかの街に早変わりというわけである。

どうしてもというシーンでなければ、スタジオで撮影した方がはるかに効率的である。

「硫黄島からの手紙」も「硫黄島で撮影したのは終わりの頃のシーンだけで、そのほとんどはアメリカで撮影された。」と人から聞いた。

Dsc00595

(写真は、ユニバーサルスタジオ。ファサードだけのセットである。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ロケ地について21(ハリウッド2「スタジオの集積」)

ハリウッドの街を小高い丘から見下ろすと、ユニバーサルスタジオ、ワナーブラザーズスタジオ、ウォルトディズニースタジオ、並びにNBCスタジオなどが所狭しと建ち並んでいる。

わざわざここから遠く離れたロケ地に大金をかけて行かなくてもいい。

スタジオで撮影できるのなら、出来るだけここで撮影してしまおうというのはごく自然な考えである。

Dsc00565

(写真:ユニバーサルスタジオ)

Dsc00566

(写真:ビルの右側の三角屋根の建築群。右の方がワナーブラザーズスタジオ、左の方がウォルトディズニースタジオである。)

Dsc00568

(写真:茶色のビルの左にNBCスタジオが見える。)

ところが、このハリウッドでの撮影コストが高いことなどから、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどにスタジオを造って撮影するケースが増えているようである。

各国でロケーション撮影も含めた誘致が活発に行われていて、よい撮影環境が確保できるとなれば、撮影場所はその地でということになる。

ハリウッド側からすれば、空洞化が始まっていることになる。

アメリカの議会でも大きな問題として取り上げられているらしく、心中穏やかではないに違いない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月25日 (日)

ロケ地について20(ハリウッド1「ハリウッド市の生い立ち」)

映画の都、ロスアンゼルスのハリウッドにいると、ロケーション撮影ということが、映画製作の一部分に過ぎないということを否応がに実感させられる。

この都にはありとあらゆる映画産業が集積していて、その裾の広さは街のレストランにまで及んでいる。

Dsc00401

(写真は有名な「ハリウッドサイン」、ハリウッド&ハイランドで撮影)

なぜこの土地が、世界的な映画の一大集積地になったのか。

調べると、意外にも禁酒が関係しているようである。

ハリウッドには禁酒主義の人が多く、ハリウッド市が最初に制定した条例が酒場の営業時間を制限したらしい。

1911年、ニュージャージーの映画会社が、この条例ですっかり寂れた酒場に目をつけた。そのひなびた感じが西部劇のロケ地にぴったりだったからだという。

そして、その翌年の1912年には、ユニバーサル映画の創設者であるカール・レムリがこの土地に事務所を構えた。

つまるところ、ハリウッドはもともと映画(西部劇)のロケ地であったのである。

また、この土地が雨に降らない過ごしやすい気候であることも大きいようである。

今では、アメリカのイメージそのものの、派手でユーモラスな看板で覆い尽くされた街並みも、約120年前には家が数軒しかなく豆畑とかレモンやオレンジなどの果樹園が広がっていたのである。

土地の人に写真を見せてもらったが、確かに一面にただただ畑が広がっていた。

とにもかくにも、この土地がハリウッドと名付けられたのは1887年のことだというから、ハリウッドの街はちょうどラスベガスのように忽然と出現したといっていい。

Dsc00387

「派手さ」とは何か、以前からうまく説明できないのだが、ここハリウッドにくれば「派手さ」とはこういうことであると肌で実感できる。
(写真はハリウッドの中心部で撮影)

(ハリウッド2に続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月16日 (金)

ロケ地について19(「SAYURI」のカリフォルニア)

日本の芸者が主人公の映画「SAYURI」は日本の伝統文化を背景とした映画であるが、その撮影のほとんどはアメリカのカリフォルニアでされた。

映画を見たが、やはり日本というより中国とか香港とか、色々なアジアが混ざり合っていて、架空のアジアという感じである。

日本ではロケーション撮影がスムーズにいかないと踏んで、アメリカのスタジオ撮影したと聞いた。

(ただし、一部は日本で撮影された。京都は伏見稲荷大社千本鳥居や法観寺の五重塔など。)

主演女優は中国のチャン・ツィイーであり、マレーシア女優のミッシュエル・ヨーなども配役され、日本からは、渡辺謙、桃井かおり、役所広司、工藤夕貴らが出演している。

まさにアジアの映画人の力を結集してハリウッドに進出したという感じである。

この映画をみて、ひとつ気になったことがある。

「もしかしたら、ハリウッドはアジア各国の文化の違いを気にしていないのではないか。」

逆に言えば、日本が舞台となっているハリウッド映画のロケーションに日本が選ばれるには、「日本らしさが何か」をもう少し海外の人に知ってもらう努力が必要なのかもしれない。

「ひょっとしたら、本来の日本らしさは、日本でロケ撮影することによって、映像からにじみ出てくるのではないか。」

そんな気がする映画であった。

ちなみに、映画「SAYURI」の映像は息をのむほど美しく、ストーリーも魅力的だし、マーシャル監督が「配役において、誰がこの役にぴったりはまるかということを最も重要視した」と話された通り、チャン・ツィイーの演技はすばらしかった。さすがはハリウッド、スケールの大きな映画であった。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2007年3月13日 (火)

ロケ地について18(「第3の男」と「アマデウス」のウィーン)

「第三の男」も「アマデウス」もウィーンが舞台の映画である。

しかし、ロケ地は違っている。

「第三の男」の方は、第2次対戦後から間のないウィーンの街が舞台であり、ウィーンがそのままロケ地になっている。ウィーン市内の下水道、中央墓地、プラター遊園地の観覧車などがそのままロケ地になっている。

一方、「アマデウス」の方はというと、18世紀のウィーンが舞台の映画であるのだが、しかしロケ地はウィーンではなかった。ウィーンに18世紀当時の雰囲気が残っていなかったことから、チェコのプラハがロケ地になったという。

これは、「映画がロケ地ありきではない」ことを説明する好例の一つではないかと思う。

まずは面白い企画があって、魅力的なストーリーがあり、映像製作者はただそれにあったロケ地を探すだけのことである。

ロケ地のが側が、「我々の地域でどのような場所を撮りたいですか?」などど質問をしても、製作者の側からは「映画の企画にあった場所を探しているだけ」としかいいようがない。

ロケ地と製作者のすれ違いは、こんな具合で起こるのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月12日 (月)

ロケ地について17(「ローマ休日」と「カサブランカ」を比べて)

映画による観光振興のお手本といわれている映画がある。

「ローマの休日」(ウィリアム・ワイラー監督、1953年の作品)である。

オードリー・ヘプバーンがアイス(ジェラード)を手にする「スペイン広場」、子供のようにこわごわと手を入れた「真実の口」、グロゴリー・ペックの小型スクーターで走り抜けるコロシアム、カフェ・グレコ、コロンナ宮殿、パンテオン、それからトレヴィの泉など、ローマの至る所がロケ地になっている。

映画を見ている側からすると、あたかもローマ観光をしている感じである。

調べてみると、やはり深い訳があった。

映画「ローマの休日」は、マーシャルプランによって一時的にドルが凍結されたため、ドルをローマで使ってもらうために映画が製作された一面もあるようである。

ワイラー監督は製作にあたって、ローマですべてロケ撮影をすることを主張したという。

(ロケとスタジオを組み合わせて撮影するのが一般的であった。)

その結果、「ローマの休日」が公開された後、ローマの観光客は急増した。

そして、それ以降今日まで、「ローマの休日」は、ローマの観光資源になっている。

一方、映画「カサブランカ」(マイケル・カーティス監督、1942年の作品)は、第二次大戦におけるモロッコの首都カサブランカが舞台である。

こちらの撮影は、ロケではなく、その全てがハリウッドのスタジオで行われたという。

だから現在、カサブランカに観光に行っても、映画「カサブランカ」を感じることはほとんど出来ないそうである。

それにもかかわらず、映画「カサブランカ」に惹かれて、その地を訪れる人が絶えないというから、世紀を越えた名作映画の舞台であるということは、大きな魅力であるに違いない。

備考:マーシャルプランとは

1947年から始まったアメリカの欧州復興計画。第2次世界大戦で疲弊した西欧諸国の経済復興に大いに貢献した。全欧州を対象にしていたが、反共主義を前提とした。この計画の総援助額は約139億ドルに達したといい、その多くはイギリス、フランス、オランダ、西ドイツ、そしてイタリアの5カ国に供与された。ただ一方で、その援助額の約7割がアメリカの余剰農産物などの購入にあてられアメリカの輸出が拡大したようである。そのためにドルが一時凍結した。

参考資料:山村謙一著「ヨーロッパ映画の旅」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月11日 (日)

映画の中