年末といえば、ベートーベンの第九が有名であるが、地域おこしとベートーベンの第九は不思議と縁が深い。
今年もいろいろな地域で第九の企画があるだろうと思って調べてみたら、やはり各地で様々な催しがあるようだ。その中で、三宅島にちなんだベートーベン第九の企画を見つけたのでご紹介したい。
来年(2007年)の7月に三宅島支援コンサートが企画されており、「第九を歌いませんか?」とNPO法人神戸ルネサンス倶楽部.がインターネットで呼びかけている。
ところで、四国の鳴門市は日本で第九が最初に演奏された場所であることをご存じな方も多いと思うが、
鳴門市に設置された「バルトの楽園」鳴門ロケサポート協議会事務局のホームページをみると、(以下、抜粋)
「1914年。第一次世界大戦で日本軍は、3万の大軍を送り込み、ドイツの極東根拠地・中国の青島(チンタオ)を攻略した。ドイツ兵4700人が捕虜として送還され、日本各地にある俘虜収容所に収められる事となる。
厳しい待遇が当然な俘虜収容所の中で奇跡のような収容所が徳島県鳴門市の板東に存在した。
板東俘虜収容所の所長を務める会津人の松江豊寿(まつえとよひさ)は、陸軍の上層部の意志に背いてまでも、ハーグ条約に則りドイツ人捕虜達の人権を遵守し、ドイツ人俘虜収容所としては例のない寛容な待遇をさせた。
ドイツ人の捕虜達は、言語・習慣・文化の異なる地域住民と民族を越えた素朴な人間愛を育みながら収容所での生活を送る。
そして、休戦条約調印、大ドイツ帝国は崩壊する。自由を宣告された捕虜達は、松江豊寿や所員、そして地域住民に感謝を込めて、日本で初めて『交響曲第九番歓喜の歌』を演奏することに挑戦したのであった。」
とあり、鳴門市には、BANDOロケ村~歓喜の郷~というその史実に基づく映画「バルトの楽園」ロケのオープンセットまであり、一般に公開されているようである。
また、鳴門市はドイツのリューネブルク市と姉妹都市にもなっていて、さらには、ドイツ館を建設するなど、その歴史への思い入れはずっと受け継がれているようである。
ちなみに、鳴門市ホームページには板東俘虜収容所の歴史がより詳細に説明されていて、それを読むと鳴門市の人達の思いが伝わってくる。(下記は、鳴門市ホームページより抜粋)
「・・・彼ら(板東俘虜収容所の所員たちのことを指している)の活動は驚異的で、所内に80軒余りの商店街、レストラン、印刷所、図書館、音楽堂、科学実験室、公園、別荘群などの施設を造るほか、健康保険組合、郵便局などの互助的活動も行いました。また、学習、講演、スポーツ、音楽、演劇など文化活動も盛んで、とりわけ音楽活動では、ベートーベンの「交響曲第九番」の国内初演をはじめ、複数のオーケストラや様々な楽団が100回を超える演奏活動を行いました。
所外においても、俘虜製作展覧会や各地での演劇、演奏会活動など、ドイツ文化を広く市民に紹介しています。その他、 牧畜、製パン、洋菓子、西洋野菜栽培、建築、スポーツなど様々な技術をもたらし、なかには現在もそれが受け継がれているものもあります。これらのイベントや技術指導によって、俘虜たちは地域社会に受け入れられ、板東の町やその周辺では、地元の人々と日常的に交歓する風景が当たり前のようになりました。・・・・」
(以上、抜粋)
いつか、「BANDOロケ村」と「ドイツ館」に立ち寄ってみたいと思う。
最近のコメント